08/15/07
公益事業の存在意義2(管理政策と談合)
何か2通りのやり方があれば、必ず役人の権限強化につながる方法しか選ばないのが、わが国の伝統的政策といえるでしょう。
公共工事の談合も、天の声などという官製談合が最近摘発されるようになりましたが、もともと談合という以前に、政府があらゆる産業界をピラミッド型に組織化して、威令を通そうとする基本体質があるのです。
その民間版が談合であり、その背後には天の声ならぬ官側の内々の意思があり、それが具体化したのが、官製談合の基本でしょう。
キャッチアップ時代には、役人が方向を示して業界が従う方式は、効率がよかったでしょうが、先進国になってからは、よそさまの真似ばかりではやっていけないのですから、これからは民間の独自性・・自由競争社会化こそが必要です。
談合の横行は、割り高な受注という経済損失ばかりに目が行きますが、実は談合がなくとも価格は落ち着くべきところに落ち着くので、受注金額自体はそれほどでもないかもしれないのです。
むしろ、官製談合の精神・・・何でも官が取り仕切ってくれる・・いろんな分野で、業界内で自由な発想や競争がなく、もたれあい体質が温存されている点にこそ、大きな問題があるでしょう。
国民・・産業界は、明治以来の長きにわたる官の指導に従うこと・・方向性を示してくれるのを待つのに慣れきっているのです。
話を公益事業に戻しますと、公益事業というのは、
「社会で不要(不急)な分野・・結局は需要不足分野に政府が税金をつぎ込んでいる事業である」
という定義が成り立つのでしょうか?
社会的不要・・需要のない産業を、何故税金で維持し育成しようとするのでしょうか?
明治維新以降、産業革命で欧米に大きく遅れを取っていた段階では、順次の産業発展を待っていられないので、同時進行的に産業を起こしていく必要性から、さしあたり、まだ国内的に需要のない産業も国策として補助金で始めていかねば追いつけません。
順次の需要創出を待っていられなかったからです。
あるいは、国内需要がまだ発生していなくとも、先行している海外への輸出需要も期待できました。
(明治の初めには、後進国であった国内的には不要・不急性があって、需要が少なく採算が取れなかったのです。)
これは、先進国になった今でも各種産業補助金がそうで、将来必要な技術であるが、今のところまだ大量生産技術が確立されないなどのことから、将来を見据えて、補助金を出して育成していくのと同じです。
明治の初め、製鉄や鉄道、通信、郵便事業などは、まさにそうした文脈で始まったものでしょう。
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