08/09/07

財投資金の消長2と政権党の消長1

さすがに国家で動いているお金の大部分が、ブラックボックス化(裏金化)していく中で、ようやく財投資金の膨大化に対する批判が高まります。
この批判を受けたからでしょうか?、以降順次削減されていき、平成15年度には、約23兆4000億円となり、さらに、徐々に減少して19年度は14兆円程度になっています。
この不透明な資金運用額の減少(急減です)に応じて、族議員中心の自民党の凋落が始まったと言えるのです。
逆に言えば、財投資金の伸びに合わせて、これを牛耳れる与党自民党が勢力を伸張してきたともいえるのです。
(これが、与党病の根源です。)
平清盛が、娘盛子の夫死亡によって、藤原氏の資金(当時日本最大・・巨大財閥でした。)を一手に管理・・横領できるようになって、専制政治を出来るようになっていったのと似ています。
平家の没落が始まったのは、この資金が尽きたことによるのです。
(と言うことは、藤原氏の資金も食いつぶされて尽きてしまったのですから、源平どちらが政権をとろうとも、藤原氏の凋落も始まったのです)
この関係は、院の近臣(中堅官僚)との荘園支配権をめぐる争いとして、01/05/06「大宝律令とその実際4(荘園の成立と重層的権利関係)」でホンのちょっとばかり紹介しました。
財投資金は明治の予算制度の始めから、民間資金の欠乏と相俟って、資金市場が郵貯や公債などで、始まったものですが、やってみるとこれが、政権の「一種の裏金として」自由になる便利な資金として大きな意味を持ってきたのです。
明治の資本市場の始まりについては、武家に対する秩禄処分の関係で、06/19/04「明治政府の合理化1(廃刀令と家禄制の廃止)金禄公債証書1」以下のコラムで 少し連載しました。
企業や役所で言えば、裏金や使途不明金など巨額交際費をプールしていると、これを握る執行部関連の人が有利・・・巨大な権限を握ることになります。
これが、国家的規模で言うと財投資金の巨額化であって、万年与党維持装置の実質的裏づけだったのです。
財投資金は、企業の裏金や交際費同様に、その裏金が年々巨大化して、企業の表の売り上げよりも大きくなってしまったようなものです。
朝廷の収入よりも、藤原氏の荘園収入のほうが大きくなってしまったのと似ています。
憲法や法律ばかり立派で、実際は別の偏頗な運用がまかり通っているのと似ています。
戦前も憲法秩序外の軍部が、肥大して行った歴史があります。
わが国は長年、本音と建前の違う国とも言われてきました。
自由貿易を唱えながら、事実上の非関税障壁で輸入妨害をしてきたこともあります。



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