08/02/07
政権交代の必要性3(タフな言論人の育成2)
これが与野党入れ代わりが読めない時代が来れば、今度はいつ自分の味方していた人が野党に転落するか知れません。
自分が意地悪していた人が権力者になったときのことを考えて、公訴権の乱用に厳しい視線を注ぐことになるのでしょう。
あるいは、自分が野党になった場合に備えて、民主的な運営に反した行為を厳しく批判する・・公平な考え方が身に付くでしょう。
いつも一方の立場ばかりで、立場の交代がないと、おのずから公正な運用・・考えが育ちにくいのです。
われわれ弁護士の判断が比較的公正と思われている(私が勝手に思っているだけかもしれませんが・・・)のは、交通事故の加害者からも被害者からも事件を受けるし、借家の大家からも借家人からも事件を受任する・・離婚事件も、男性側もあれば女性側の事件もあるなど、常に双方向性があるからです。
消費者側も会社側も両方やっているのが、弁護士です。
刑事弁護もするし、刑事告訴もするなどいつも両方の立場でバランスを考える習慣が付いているという関係です。
いつも書くことですが、教室での道徳教育をいくら強化しても、公正な人が育成されるのではなく、その裏づけになる社会制度が必要なのです。
こうした草の根の基盤(与野党交代)がなければ、非民主的運営とか、不公平だと弁護士などが主張しても公正な国民が育つのではなく、逆に
「権力に睨まれると大変なことになるのだ」
それならば、
「出来るだけ権力寄りに生活して安全に生きていこう」
と言う知恵が付くばかりで、不公正運用を助長するばかりで、これを正そうとする方向へは行かないのです。
その結果
「自分は不公平な運用で得するグループに入っているから、いいのだ」
という不公正を好む国民ばかりでは、一向に改正されないのです。
国民レベルが低いからという問題ではなく、与野党入れ代わりのない社会が、
「いつでも強い方になびいてれば損がない」
という不公正な(恥ずかしい)国民性を作り上げてきたのです。
これから、国際政治も複雑性を増してきますから、
「強い方の意見にいつも同調して(尻尾を振って)いれば問題がない」
という単純思考の姿勢だけでは、うまくやっていけないはずです。
やはり、自分で考えて、何が正しく、何が正しくないか自分の意見を持つ国民になるには、まず政権交代がいつもあることが大前提です。
日本は、戦後60年間も民主主義国家でやって来たとは言っても、万年与党と野党関係できたために、自分で考えること停止して、まず
「強い方の陣営に参加(弱いものいじめがはびこる土壌です)すれば安全」
という思考停止してきた咎めが、これから出てくるのです。
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