08/31/06
刑事関係法(実体法)の歴史16(旧刑法2)
刑事関係法(実体法)の歴史16ころから、刑事手続法とその関係者(検事や予審判事などの説明)に話が行ってしまいました。
刑事実体法については、07/29/05、明治以降の刑事関係法の歴史3(清律3)」前後で紹介していますが、社会事情などを含んだ解説で、話が流れてしまいましたので、この辺で、「刑事実体法」の歴史について簡略に見直しておきましょう。
治罪法と同時に出来た刑法までのところは、上記までのコラムで、順次紹介していますが、お浚いをかねての見直しです。
刑法制定史
以下は、出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によるものに、私による若干の加筆訂正があります。
明治初期の刑法典
仮刑律…慶応4年(1868年、後の明治元年)2月に新政府によって暫定的に制定された刑法。律令や公事方御定書などを基として作成されたもの。
また、刑法草書(熊本藩)との共通点も見られることから、熊本藩出身者が起草したという説が有力である。
旧天領である府県に対して施行され、諸藩に対しては残酷な刑罰を除去する事を命じた上で当面の間は自藩の刑法を施行させた(版籍奉還後は死刑執行には政府の許可を得ることとなった)。
新律綱領…明治3年(1870年)10月に暫定的ではあったが、諸藩も含めて全国的に施行された刑法。
全6巻(8図、14律192条)で構成された。清律の影響を受けて旧来の刑法よりは厳罰主義色は減ったものの封建的色彩が依然として強力であった。
また、江戸幕府では禁じられていた刑法典の出版・頒布が初めて認められた。
改定律例…明治6年(1873年)6月13日に制定された追加法。欧米の近代刑法の影響を受けて、刑罰を簡略化して残酷な刑を廃止した。構成要件に関する規定を初めて設けた。
旧刑法
刑法(明治13年太政官布告第36号)は、今日では現行の刑法と区別して「旧刑法」と呼称されている。
明治13年(1880年)7月17日に治罪法(現在の刑事訴訟法)とともに制定され、同15年(1882年)1月1日に新律綱領・改定律例に代わって施行された(明治14年太政官布告第36号)。
全3編11章53節430条からなります。
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