08/30/06
警察2(行政警察3)違警罪即決例4
行政警察の話に戻しますと、1昨年秋の新潟の中越地震では、危険箇所への立ち入り禁止措置などをしていますが、こうした予防活動が、行政警察の本来の仕事です。
その他警察行政と言われる保健衛生上の立ち入り検査なども、そうですが、戦後はできるだけ、権力的な警察から行政そのものに移行していく理念となっています。
この点はまた別に書くことがあるでしょう。
前回までのコラムで紹介したように、司法と兵権とが次第に分離してきますが、警察に残された行政警察的業務についても、この仕事のおまけとして、立ち入り禁止に反したものを制止したり、捕まえたりする事が出来ないと、警察の言うことを聞く者がいなくなります。
当然物理的強制力が付与されるのですが、その場の制止だけでなく一定の処罰も出来る必要がでて来たのでしょう。
そこで軽微な犯罪については、1885年には太政官布告31号をもって、違警罪即決例が制定されました。
違警罪即決例については、11月11日・・・・・・2「警察署長から簡易裁判所へ(違警罪即決例2)」
でも紹介しました。
これは、フランス法の違警罪裁判所的考えで、現在の軽犯罪法的事案を警察署が即決できると言う制度で、警察は簡易な裁判所を兼ねていたのです。
治罪法や刑法の話で、フランスから来たボワソナード教授の活躍を紹介しましたが、フランスでも違警罪裁判所と言うものがったので、フランスの制度を人材不足の穴埋めの意味もあって取り入れたのでしょう。
明治維新当時はインフラとしての人材不足は否めませんでしたが、そうしたことは、07/17/05
「奉行所から警察署へ・・違警罪即決例1」08/17/06「警察署長から簡易裁判所へ1(違警罪即決例2)」等で紹介しています。
これは、江戸時代の奉行所の裁判権のうちで軽微なものだけに限定したもので、江戸時代の延長みたいなものでしたが、戦後の裁判所法の制定によって廃止されるまで存在していました。
(そんなのがあったの?と驚く方が多いでしょう)
これが、警察権力の強化に果たした役割が大きくて、社会主義運動家などに対する乱用的投獄を招いたのです。
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