08/30/06

警察とは?4(警察制度の沿革2)(地方)

前回の引用の続きです。

地方の警察機構は概ね府県庁内の庶務課に警察掛を置いて,聴訟課管掌事務のうち裁判事務を除く司法警察および囚獄事務と行政警察の事務を管掌していたが,1874年に司法警察規則,1875年に行政警察規則が公布されて,司法・行政の両警察の区別が明確にされ,後者に重点を置く内務省によって府県警察機構も画一的に改められた。
1875年警察掛は独立して第四課になり,漸次課長に警部を任じた。1880年第四課は警察本署と改称,翌年府県に警部長を設けて警察本署長とし,国事警察については内務卿の,府県警察については府県知事の直接指揮を受けることとした。
しかし1886年,地方官官制の大改正で警察本部と改められ,警部長がその長となり,警部長は職務一切について知事の指揮監督を受けることに改められ,知事の警察事務統轄の権限は終戦まで続いた。
1890年,警察本部は警察部となり,長を警察部長と改めた。このようにして近代国家警察の骨格はできあがり,制度として確立した。
その後1911年に警視庁に特別高等課が設置され,漸次他府県にも及び,3・15事件のあった1928年(昭和3)には全国一斉に特高警察が設けられ,主として社会主義運動の取り締まりにあたった。
地方警察については概ね地方長官に裁量がゆだねられていたが,特高警察については徹底的に内務省警保局による中央統制が貫かれ,第二次世界大戦前と戦中を通じて極右・極左の取締りが一層強化された結果,非民主的な活動も伝えられている。
 第二次世界大戦前は,警察の権限はすべて国家に属し,司法警察および行政警察はおもに内務大臣・府県知事・北海道長官・警視総監ならびに各警察署長を警察官庁として組織し行われてきた。
第二次世界大戦後は,これら中央集権的統一的官僚主義的な警察制度の解体を目的として,1947年の警察法(昭和22年法律第196号)が施行され,自治体警察の創設,警察の地方分権化,行政警察の多くを各行政機関の所掌として警察権限の分散化をはかり,公安委員会制度を採用して民主的警察事務の管理をめざした。
しかしその結果,全国1,605の市町村に独立の自治体警察が生まれ,国家地方警察はわずかに人口5,000人以下の村落を担当するにすぎず,政治の最高責任者たる内閣総理大臣は,非常事態が発生した場合を除くほか,警察に対してなんら指揮命令権をもたぬこととなったのである。
そのために,[1]国家警察と自治体警察がそれぞれ独立して一体性を欠くために,その間隙に乗じて多くの騷擾事件がおこされ,[2]公安委員は空しくその地位を保って無視され,[3]市町村の財政難のため警察活動は著しく制限されるなどの欠陥をたちまち露呈し,旧警察法は1947年12月制定以来,1954年6月新警察法によって全部改正されるまでの6年余のあいだに,実に7回の改正を余儀なくされているのである。



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