08/30/06

警察とは?3(警察制度の沿革1)中央組織

日本の警察制度の沿革を見ておきましょう。
以下は誰の作成した文章か不明ですが、インターネットで出て来た警察制度の沿革に関する部分のコピーです。
私の思いつきコラムよりは、きっちりした内容ですので参考にしてください。

明治維新後、東京府などの新政府直轄地では旧幕時代の町奉行所所属の与力・同心を引き継いで,市中取締役・補亡方などの名称で治安維持にあたらせたが,混乱期の警察組織としては弱体なため,軍務官が管轄する府県藩兵が地方の警備,凶徒の鎮圧など,治安維持の任についた。
廃藩置県後,府県藩兵を整理して兵部省が警察権限を失うに伴い,司法省が全国警察権を掌握し,軍政と警察の混同時代に終止符を打った。
東京府は府兵に代わって1871年(明治4),邏卒3,000人を常置したが,翌年9月,司法省警保寮に移管した(司法と警察との混同時代)。
警保助川路利良は,約1年間欧州各国の警察制度を調査研究して1873年9月帰朝し,警察制度に関する建議書を政府に提出。
建議にもとづいて1873年11月内務省が設置され,翌年1月全国警察を総摂していた司法省の警保寮を内務省に移管(司法警察と行政警察の分離)し,とくに首都警保のため東京警視庁を設置して,ここに初めて近代的な国家警察制度が発足した。
自治体警察の部分を除くと,主としてドイツ・フランスの中央集権的な国家警察の制度を採用したのであって,制度そのものはいったん廃止されていた警視庁が1881年に再置されたさい,内務省から独立して帝都治安を担当する制度となってからのちには大きな変化はみられない。
内務省警保寮も一時警保局となったが,東京警視庁の廃止期間中は警視局と改められ,新たに東京府下の警察事務も直管した。
この措置は,全国に頻発する騒擾・内乱に対応するもので,警視庁結成の精鋭警察隊を全国に派遣することを可能にさせた。
警視庁再置後は再び内務省警保局となって,内務省解体まで全国警察の総元締の役割を果たした。



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