08/29/06

警察とは?2(行政警察2)

行政警察とは、今風に言えば、犯罪や事故が起きないように予め危険なところに立ち入り禁止のロープを引っ張ったりするのが、第1の任務と言えばわかりよいでしょう。
こうしてみると、明治政府はすごく親切な政府だった印象ですが、そうではなくて、そのころは不平士族の不満が溜まっていて、今にもどこでも爆発しそうな雰囲気でしたから、その内偵が必要な時代だったからです。
反乱が起これば、政府軍が出動して鎮圧すればいいのですが、その前に情報収集して予防するにこしたことは有りません。
積極的に各地の不平分子士族の仲間に入り込んで、その動きを探るだけでなく、うっかりすると扇動して暴発させる役割が主なものでした。
こうして内偵を通り越して、佐賀の乱などは密偵として入り込んだ者によって扇動されたことによって起こったとも言われてるくらいです。
(結構政府のやることは汚かったのです。)
明治の始まりには、治安・・反政府運動と言うものよりも徳川家崩壊後の江戸市中での犯罪頻発に対する対策として羅卒制度が生まれたもので、犯罪捜査・・検挙の目的から始まったものでした。
羅卒などが一旦司法省所属になっていたのは、この意味で理解できるでしょう。
ところが、新政府による信用が出来て、江戸市中の犯罪も減少してくると、これに反比例するように、各地の反政府運動が盛んになってきます。
そこで、治安活動の要員として羅卒を含めて全員が再編成された思想的基礎が、司法省所属から内務省所属に変更したことからも、窺い知れるところです。
このように日本の警察活動は、犯罪の予防・・・内偵などを主目的の組織として発足したのですが、戦後は、国民のための国家の建前ですから、このような国民に対する内偵活動は前面に出ることが出来なくなりました。
しかし実際は、100年来の「三つ子の魂百まで」の喩えのとおり、今でも警察は公安活動には熱心なようですから、国民を守ると言うよりは、監視の対象としか考えていない傾向があるのは、こうした歴史によるのです。
戦前には、特高、戦後は、公安系の方が、警察内での地位が高いのは、このような警察制度の由来によると言えるでしょう。
この点アメリカのようにシェリフから始った国では、警察権は、市民保護のためにあるのですから、(シェリフを護民官と翻訳しているとおりです)信用性が違うでしょう。
裁判も、国家秩序侵害と言う抽象的なものではなく、身近な市民権を侵害したものに対する処罰として発達してくれば、市民の裁判・・自分たちのための裁判と言う意識が強くなるでしょう。
(陪審制がいまでも根強く残る所以です)
アメリカでも、犯罪の広域化にともない州警察が発達し、さらに連邦警察など自治体警察と言うよりも日本並に国家警察化していますが、警察制度設置目的・・・始ったときの心構えの違いは、後々大きい影響があるでしょう。



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