08/26/06

裁判員制度14(事実認定と量刑手続の分離6)

裁判官が一般国民よりも評議で優位なのは、事例を豊富に知っているだけの違いですから、豊富且つ詳細な事例開示が進めば、意外と裁判員制度は根付くことになるかも知れません。
およそ専門家と素人の違い・官僚の優位性も情報量の格差にあるといえます。
専門家が量刑基準を囲い込んでいる方が非民主的といえますが、問題は総て開示されたとしても、一般人は、自分の仕事をもっているのですから、専門家並に時間かけて勉強している暇がないはずですから、そこが問題なのです。
付け焼刃で、2〜3日さっと読んでいっただけでは、とても専門的に毎日事件に当たっている裁判官と対等に量刑相場に関して議論が出来るようになる筈がないのです。
せいぜいこの表の見方はどうなのですかとか、この表では分らないのですが、この点はどういう事件だったのでしょうか?とか質問するのがやっとでしょう。
多くの国民は、
  「自分の判断で有罪無罪が決まってしまい、場合によっては被告人が死刑になるなんて怖くて出来ない」
と言いますが、上記のように量刑判断の方が、素人には難しいのです。
むしろ事実認定の方は、情報格差にはあまり関係しませんから、素人と、プロの裁判官とでは差があまりないはずです。
以上から導かれる結論は、量刑と事実判断をここでも分離し、裁判員は量刑に関与しない制度にすべきだと思うのです。
ちなみに、老練な法律家と若手法律家では、若手の方が同じ事件に対する量刑がきつく、素人とプロの間では素人の方が刑を重くしたがる傾向があることは周知のとおりです。
これは、経験の差で、犯罪に対する刺激・・感銘性が強いことによるのでしょう。
それはそれで、フレッシュでいいのですが、被告人側にとっては刑が重くなるばかりデメリットがないのです。
今の裁判所の量刑が低すぎると言うならば、それも一つの考えですが、それはあくまで国家の都合ですから、被告人のための裁判制度とは言えません。
何回も書いてきましたが、裁判員制度は国家の都合だけで被告人の立場・・選択権のないのが致命的です。
せめて選択制にすれば、選択される事件が(何百分の1に)激減し、国民の負担も(10年に1回順番が廻ってくる所が100年に1回とか)大幅に軽減されるでしょう。



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