08/25/06
裁判員制度11(制度選択権と国民の権利)内部懲戒の方が厳しい
我々弁護士界の懲戒手続でも、同じことですが、真に懲戒の必要な事例では、弁護士委員の方から厳しい意見が強く出て、外部選出の委員の方が、その程度では弁護士倫理に反しないのじゃないかと言う擁護意見が多いものです。
自分たちの職業の信用性にかかわることですから、弁護士委員としては、「駄目なものは駄目」と言う厳しい立場が当然必要で、いい加減な仕事をしている者に対しておろそかに出来ません。
ま、外部委員としては、弁護士委員がどれだけ自浄能力を発揮出来るのか、御手並み拝見と言う立場が働いているのかも知れません。
あるいは、外部委員は、「弁護士と言うのは、その程度のレベルだ」と馬鹿にしているのかも知れないな?(弁護士である自分達が思っているよりは、もっと「弁護士と言うのはずるいことをしている」と思っている)とも疑問を抱くこともあります。
いずれにせよ弁護士側としては、試されているような気分ですから、職務規律を破るものに対しては、より厳しく対処せざるを得ない結果になるのです。
猿の仲間でもそうですが、仲間の御仕置きが一番きついといわれます。
今は、イギリスやアメリカでも異民族による裁判の問題がなくなってきたので、不当弾圧ではなく本当の犯罪者の事件が増えてきますと、陪審制を選沢する被告人が少なくなっているのです。
異民族支配下では、陪審制ないし、裁判員制は民主的であったし、基本的人権擁護に役立ったでしょうが、今ではそれほど選択されていないと言うことは、被告人にとって有利ではないからでしょう。
とこで、仮にその制度が民主的であったとしても・・民主的であれば吊るし上げ裁判・・あるいは過度のプライバシイー侵害が許されるかどうかは別ですから、民主的かどうかの基準さえ満たせば良いものでは有りません。
人権侵害の危険性の有無の尺度とは別物なのです。
民主的の基準を満たせば、次に気になるのは、公平な裁きです。
公平な裁きとなると、素人の事実認定や量刑は、ブレが大きくて被告人には極めて不安定な制度となります。
また、ブレの大きさなどの検証についても被害を受ける可能性のある側による選択制にしてこそ、裁判員制度の定着率・通常裁判との認定の誤差率、量刑のブレその他、市場テスト的実証ができるのです。
ところが、裁判員法では、争いのある事件では全件強制ですから、比較する対象がなくなり、その実績の検証もできません。
裁判員制度を検証しようとしても、国民の不満が高いとか、参加した結果どう思ったかなどの、アンケートに頼るしかなく主観的・ムード的な検証しか出来なくなるでしょう。
客観的検証不能な制度設計ですから、刑事政策としても失格ではないでしょうか。
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