08/22/06
公開の裁判を受ける権利3(憲法185)[publiclyと公開]
公的裁判の歴史は、憲法以前からあると、08/08/06「裁判所構成法10と裁判所法14(公開の裁判1)裁判所傍聴規則1」前後で紹介しましたが、佐倉宗五郎のような事件でも、公開はしませんが関係者は一同お白州に並んで言い渡しを聞けたのです。
これが、公的審理言い渡しから「公開の裁判」保障にまで何故広がったのかと言うところですが、現在的価値観からすれば、関係者(と言うと親族関係に限られそうですから)だけでは、社会的意義のある大事件が埋もれてしまう可能性があるので、マスコミと言う1種の関係者にまで、開示する必要が生じてきたからでしょうか?
社会的意義のある事件は、社会全体が関係者になると言えるでしょうか?
こうした広がりを前提とすると、関係者の定義が曖昧なことから、十羽一からげに「公開」としてしまったとも言えるでしょう。
しかし、明治の初めから20年ころにかけて、マスコミと言ってもそれほど発達していませんし、そのころにマスコミを意識して「公開」を決めたとは思えません。
フランス革命を経ているボワソナード教授の持ち込んだ西洋法の翻訳過程で、パブリック(フランス語で何と言うか知りませんが、多分綴りは似たようなものでしょう)の翻訳を何故「公開」としてしまったのでしょうか?
パブリックとは、「民法のような私的な関係ではなく、公的な関係である」と言うのが、本来の意義でしょうから、開示すべき利害関係者が民法の依頼者よりは広いのは分かりますが、だからと言って無制限に公開までしてしまうのは行き過ぎです。
公開とは、傍聴人には全く資格制限なしの意味です。
裁判所構成法で、傍聴人のルールとして身だしなみにうるさいことを、08/08/06「裁判所構成法9と裁判所法13(公開の裁判)憲法179 」で紹介しましたが、その程度の制限でしかないのです。
裁判は王様のプライベートなことではないと言うことと、公開との間には大きな飛躍があります。
秘密に審理判決するのはいけないでしょうが、それと無制限な公開の要請とは、大違いです。
被告人の希望する者及び被害者及びマスコミ関係者だけに、開示する法廷でよいのではないでしょうか?
08/12/06「裁判所構成法15(評議の公行)と裁判所法17 」のコラムで、評議を「公行せず」の条文の意味について少し書きましたが、「公」とは、明治までは、大公儀・・・当局・官・ガバメントとほぼ同義でした。
明治の法制で公=私的行為に対立する意味に変質し、「こそこそと不当な審理をせずに公正にやってるぞ!」と言う程度の意味に変わったものであって、以後、公正とか公平などの熟語が生まれてくるのです。
いずれにせよ、西洋での「パブリック」・・公的と言うことから、誰でも見られる(極端に言えば見世物にする)所までは予測していなかった可能性があります。
強制執行のときに、債務者不在のときは、今でも職務公正の担保のために第三者の立会いが要求されますが、それだからと言って、見世物のように公開までしているのでは有りません。
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