08/20/06
裁判員制度3(憲法違反?1)憲法182
裁判員法は、これと言った議論がなくまっしぐらに決定されたので、言い出したらきりがないほど問題点が多いらしいですが、もっとも大きな問題点は、裁判官でない民間人が判決に影響を及ぼすのは憲法違反の疑いがあると言う点らしいです。
こうした強力な意見があり(判例時報で連載していました。)ますが、裁判員法はこれを消化し切れていないようです。
そのうえ、実際上いろいろ実務的にも問題がありそうですが、それはまた別の機会に書きましょう。
ま、法律家・・・プロの論文ばかりを読んでいると如何にも問題がありそうですが、プロ・・・元裁判官は、裁判権の既得権保持に躍起でしょうから、割り引いて読む必要があります。
例えば、形式的に憲法に反するかどうかではなく、民主主義国家としてどうあるべきかの議論をすべきでしょう。
極東軍事法廷と罪刑法定主義の関係で、8月15日・・・・・・1で、司法権の独立問題で書きましたが、三権分立もそれ自体に意味があるのではなく、行政権からの独立保持に意味があるに過ぎません。
国民の公平な意見(無作為抽選です)に裁判所が拘束されることは、民主国家にとって必ずしも悪いことでは有りません。
自由心証主義と言っても、国民の意見から遊離した判決を憲法が求めているわけではないでのです。
ただし、後に書きますが、日本の裁判員法では、被告人や弁護人に制度選択権がないところが、憲法実質に反する可能性があるように思われます。
民主主義でさえあれば良いのか、資格のある裁判官による裁判を受ける被告人の人権はどうかと言う別次元の問題があるのです。
民主主義国家なら、人権を侵害しても良い訳ではないのです。
以上は私の思いつきですが、本当のところを知るためには、別の分野・・・政治学や社会学などの専門家の意見も読む必要があるでしょう。
問題は、裁判員制度が我が国社会にとって有益かどうかであって、憲法違反かどうかは次の問題でしょう。
有益であるが、憲法違反になるというだけならば、憲法が誤っているのですから、これを改正すれば良いでしょう。
小泉内閣では、現在の郵政民営化でもそうですが、たいした議論がなく、まず結論ありきの大改革が多いのが特徴です。
ところで、大改革と言うものは、何から何まであらかじめ完全に矛盾なく決めてから、出来るものではありません。
大改革イコールすぐれて政治的なものですから、反対派との妥協で矛盾した規定が滑り込むのは、宿命とさえ言えるでしょう。
その反対派が、自分達の主張で修正させた条文の存在と、全体との矛盾を追及するのは、それ自体矛盾というか悪乗りです。
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