08/20/06
裁判員制度2(事実認定と量刑手続3)
陪審や裁判員法の議論に関して、職業裁判官と素人の事実認定能力の差についての議論が多く、考えようによればどちらが優れているか甲乙着け難いように思われます。
しかし、量刑判断になると量刑の相場観が基準になりますので、それはプロでなければ、皆目見当がつかないでしょう。
八百屋さんや魚屋さんが商品の値段をつける場合を考えれば分かるでしょうが、未経験者には値付けは無理があるのです。
国民主権・・国民の裁判参加の政治的意義から言っても、そんなことにまで参加する意味がないでしょう。
地元の審議会や住民代表が、キュウリやレタスの値決め委員会を構成して決めても、まるで意味がないはずです。
八百屋や魚屋の場合、値付けが正当でなければ、購入しないと言う市場の選別で、対抗するのが筋でしょう。
国民による選択肢の保障、独占のない正常な競争さえあれば、そこで国民の権利が守られるのです。
学校や裁判所も大きな建物をつくらず、千葉市程度の規模の場合、4カ所くらいに分散してサービス競争させればいのです。
裁判所や学校の分散、競争原理の導入については、07/27/03「建物や組織の大きさと個性 4(学校や裁判所を市民が選べる社会)」のコラムその他で繰り返し書いています。
裁判の結果・・すなわち量刑に関しては、同じように結果の公表をして国民の抽象的な批判に曝す方が合理的でしょう。
実際、破産の分野ですが、昨年来千葉地裁での破産の運用がおかしいのではないかと言う視点でこのコラムで書いていましたが、ここ1年の間に東京地裁に破産申立てがシフトしてきて、千葉地裁だけ?が破産申立てが、東京に比べて減少しているのです。
千葉地方裁判所の厳しい?運用に対する無言の反発でないかと言う形で、裁判所、弁護士会との協議会でも弁護士会から追及しています。
裁判所は管轄の定めがあるために、直ぐには市場の反乱が起き難いのですが、破産の分野では、このような静かな反乱が起き始めています。
勿論、これは裁判所の対応だけが原因ではなく、東京通勤者が増えて来て、住居のある千葉に出すよりも東京の方が都合がよいなどの事情、東京には整理専門弁護士が登場していることもあるでしょう。
その意味では、全国的な大都会集中型の一場面かも知れません。
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