08/16/06
刑事手続き法の戦後改革1(検察と裁判所の分離)憲法181
戦後は言うまでもなく、裁判所は、3権分立の一角を担う独立した機関となったのですから、このとき裁判所法(昭和22年法律59号)が制定され、司法省(現法務省)から縁を切りました。
他方で検察庁は、あくまで行政庁(法務省)の下部機関としての「検察庁法」が、昭和22年法律第61号で制定・公布 され、裁判所と検察庁は、全く別の機関となりました。
このときに、考えようによれば、検察も司法官庁の一つとして行政府からの分離を考える選択肢もありえたでしょう。
実際検察庁法で紹介しているように、法務大臣は検事総長を一般的指揮できるだけで、具体的な指揮を出来ない仕組みです。
この仕組みについては、08/14/06「戦前の司法行政と司法権の独立5(大津事件3)」と08/15/03「検察の独立性 2」のコラムで、検察庁法を引用しながら紹介しました。
そして、以前どこかに書いたと思いますが、他の行政庁では、次官と言えば大臣の次、すなわち官僚のトップと言う位置付けですが、法務省ではまるで違います。
例えば、前法務事務次官が現在は広島高検検事長に就任していることから分かるように、法務省の事務次官は、検察庁内の序列がかなり低いのです。
言わば、検察組織が法務省に中堅検事を送り込んで、法務省を牛耳っている関係と言えるでしょうか?
法務省では課長級など幹部は総て、検事からの出向組で構成されています。
これは検察は行政の一部とされたとしても、ナマの政治から距離を置いた方が良いと言う考えから、考えられた仕組みでしょう。
似たような構図は、戦前の陸軍から内閣に送り込んだ陸軍大臣の役割に似ているでしょうか?
木越中将の例を紹介しましたが、参謀本部は中堅を大臣として送り込んで内閣を遠隔操作していたのです。
木越中将と参謀本部の関係については、06/12/06「ポピュリズムと公の精神(木越中将)」で紹介しました。軍部も、もともとは、政治から距離を置くのが妥当であると言う考えから、軍部の独立を構想したものでしょうが、逆に軍の方が強くなりすぎて政治に口出しするようになったのが戦前の悲劇でした。戦後も検察がその独立の権力を乱用して検察ファッショになると大事(おおごと)ですが、これを防ぐために国会議員不逮捕特権が規定されているのです。憲法を見ましょう。
憲法
第50条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
第51条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
この規定によって、国会の多数派を検察が無理に逮捕することは出来なくなっています。
現在の議院内閣制下では、検察と与党は、ほぼ一体ですから多数派を守るだけでなく、少数派の保護こそが重要でしょう。
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