08/13/06

戦前の司法行政と司法権の独立1

戦前も法廷は公開されるのが原則であったことを、08/08/06「裁判所構成法9と裁判所法13(公開の裁判)憲法179 」で紹介しましたが、司法権の独立の重要性も憲法上の要請ではなかったのですが、戦前にも、認められていました。
前回コラムで紹介したように、司法大臣の影響下にあったとは言え、個別事件に大臣・ひいてはその周りの官僚がか移入する権利はなかったのです。
三権分立・・司法権の独立は、我が国の教育界では、フランス革命結果採用された理念であるために、政治的な意味・・・およそ民主主義に必須のものとして理解、そういう意味で教育されています。
しかし、フランスではそういう意味付けをされたと言うだけのことであって、西洋の歴史にこだわり過ぎるのは間違いです。
司法権独立必要性観念の生成は、民主主義の生成発展によるものでは有りません。
一定の社会・国家機構が成熟してくると、国民主権・基本的人権重視のためかどうかの問題ではなく、国家・・統治機構の信用維持、あるいは効率性の問題として、司法判断は政治から離れて行う必要があると言う知恵となり、司法権独立の必要性が生まれて来ただけのことでしょう。
これは、現在の日銀の政府からの独立性や公取委の中立性、マスコミの中立性などいろんな分野で認められているのと同じです。
日銀が公定歩合の上げ下げ・・・最近ではその意味が薄れたので、通貨供給量の増減、あるいは、基準金利が重視されているようですが、その政策判断に対する政府からの独立性の要請は、民主主義・・基本的人権のために要請されている訳では有りません。
ただ、ときの政治権力から中立に判断した方が、合理的だからと言う理由だけです。
思想・学問の自由の要請も、ありがたがる意見が多いのですが、根は同じです。
その方が、人類の発展に合目的的だからです。
日本では、司法関係は、鎌倉時代から問注所として侍所から独立した別の機構が裁いていたことを、紹介した事があります。
06/05/05 「イギリスとフランス革命の違い2(大統領制と議院内閣制1」、03/26/06 「交換経済と窃盗5(財産権の発達)」、06/16/06「憲法149(戦力とは?3)統治行為理論1(大人の振る舞い?)」などで、社会の複雑化に連れて権力機構が分業するようになっていった経過を書いています。



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