08/30/05
地位は低いほど良い 1(范蠡の生き方)
これまでも、中国では繰り返し異民族支配を受けてきたのは、周知のとおりですが、中国の歴史で見ると漢民族支配の方が却って、漢民族に対し過酷な政治が多かったと言われています。
元や清のときのほうが、漢人は政治形式的には下位に置かれていたものの、実際の待遇は、漢人支配のときよりも緩かったようです。
支配者がごく少数の異民族ですから、無理が出来なかったので漢人が大事にされたのが先ず第1でしょう。
それと、第二にちょうど江戸時代に、商人が身分上最下位であったけれども、その分今のように細かい税制もなければ取り締まり法規もなくて、商人が自由自在に稼げたのと同じかもしれません。
その結果、江戸時代の町人は考え方も型にはまる必要がないし、遊び方も金貨をばら撒いたり、途方もない遊びをします。
生来の商業民族である漢人には、元や清はぴったりの政権だったのです。
昔からそうですが、身分などは高くないほうが気楽なのです。
中国の歴史物語など読んでいると、皇帝の気分次第や一寸した密告などで、側近が直ぐにクビを チョン切られたり、煮込まれたり、宮刑にされたり、危なくて近づけない感じです。
功臣になれば、如何に早く引退して無事に皇帝の近くから逃げるかが重要で、それに成功した人こそ「生きる達人」という感じです。
マ、実際は物語のようにしょっちゅう粛清があったわけではないでしょうが・・・・・。
いつも引用する言葉ですが、呉越の争いで、越王を最後の勝利に導いた范蠡(はんれいと読みます)が、
「飛鳥尽きて良弓蔵され、狡兎死して走狗煮らる」(「史記』淮陰侯列伝第三十二)
と言って、成功すると直ぐに姿を隠してしまい、その後も商売で成功するとまた姿を消したと伝えられていますが、ここまでやれる人こそが本当の成功者なのでしょう。
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