08/27/05
軍の存在意義7=自衛隊は何を守るか?1
市民や農民は戦があれば、おにぎり(昔はなかったでしょうが、そのようなものを)を食べながら見物しているのが普通でした。
「木曾殿最後」などいろんな戦闘場面では、(1の谷で敦盛が熊谷に討たれる場面もそうでしょう)
「見て来たような嘘をつき」
と川柳で笑われますが、実際戦っていたのはほんの一握りの武士だけで、替え馬など引いてきた郎党なども見物していて、主人が負ければその模様を領地に帰って報告するのです。
或いは、籠城までしなくとも足利尊氏のように日本中あちこち逃げ回ったりしていても、そのうち捲土重来すればいいのですから、気楽なものです。
楠正成も、赤坂城や千早城など立てこもっては陥落しますが、それでもまた復活するのです。
要諦は、自分さえ討たれなければいいのです。
武士の歴史を受け継いでいる日本の軍隊は、農民や市民を確保し守ると言う発想が元々なく、「先ず自分が助かることが第一」の行動理念で1000年も来たのです。
近代の国民国家の思想で、国民を守るためという目的を付け焼刃教育をしても、(歴史が違うのですから)いざとなれば、DNAがものを言いますから、国民を置いて一目散で逃げることになるのは仕方ないでしょう。
まして戦前は、建前上も「国民のための政治」ではなく「天皇家のための政治」であり、皇軍だったのですから、満蒙開拓団を置き去りにして敗走した関東軍を非難しても始らないでしょう。
武士のDNAでは、ともかく落ち延びて再起を図るのが一番で、そのためにみんなで大将や関係者を逃すのに必至になるのです。
戦後は、日本も「人民の、人民のための、人民による(ゲチスバーグ演説)」国家になったのですから軍も当然人民を守るためにあるべきです。
我々戦後育ちは、当然そう思っていますが、自衛隊をいくら教育しても、歴史が違いますからイザとなれば国民を守ってくれるとは限りません。
日本では皇軍から自衛隊に変わりましたが、外国のように国防軍と言わないところがミソです。
彼らは、国を守ると言うのではなく、「天皇を守る」のをやめた途端に自分を守る「自衛」のための軍になったのです。
いざとなれば、自分達を守るのに忙しく、うっかりすると作戦行動に邪魔だからと、民家をぶち壊したり、足手まといだからと先に血祭りにあげられるかもしれませんよ!
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