08/26/05

王と軍の存在意義6(フランス革命2)植民地解放と大東亜共栄圏

ナポレオン戦争は、経済力格差が生じると、旧支配国が経済封鎖に走る最初の事例であることから第二次世界大戦のブロック経済にまで話が行ってしまいました。
話をフランス革命に戻しましょう。
革命でギロチンの露と消えた王様・ルイ16世は、ご存知のようにお人好しで、決して暴君でもなければ人権侵害家でも有りませんでした。
フランス革命を人権擁護のための歴史として、学ぶのでは一面的過ぎるでしょうし、実際とは大きく違うのです。
フランス革命は、別の経済要因で起こったものです。
ナポレオン戦争もそうですが、人権思想は、革命後あとからスローガンとしてついてきただけのことでした。
ナポレオンは欧州大陸を席巻したのですが、どこの国の王政も廃止していません。
王政からの解放戦争ではなく、経済締め付け戦争であったことの証拠でしょう。
日本の大陸侵略や東南アジア進出も、大東亜共栄圏・五族協和と言ったのと同じで、負けてしまったから誰もそのための戦争だったといわないだけで、勝てば官軍みたいなところがあります。
日本だって、表向きは東南アジアの人々の植民地解放戦争として戦っていたのです。
実際、東南アジア諸国は、第二次大戦後戦後順次植民地から独立できたのです。
フランス革命の原因として「王権が邪魔になって来た側面がある」と言う歴史の説明がちょこっとあるのをご存知でしょうが、日本人にはその重要性が不明で、何となく読み飛ばす所です。
王の本来の役割が、祭りを仕切る地元ヤクザの親分と同じですから、商取引の保護者、市場秩序維持者として役に立たなくなると革命(解任)が起こるのです。
昔は、自分の都市さえ守っていれば、役割を果たしたことになるのですが、世界的な植民地競争になって来ると、出先のアメリカ大陸などで国民の利益を守れないと役立たずとされてしまいます。
フランスはアメリカ大陸でのイギリス軍との戦いでは、殆ど全部負け続けたので北米大陸は(ケベックをのぞいて)イギリスの移民ばかりのような印象を受けますが、実際はフランス人の植民地も多かったのです。
革命の原因も、実は根が深いのです。
わが国でも、江戸時代から後は経済策が政権の重要課題でしたから、現在日本の政府で、金融秩序維持の責任者としての竹中金融大臣の比重が大きいのも根が同じです。
郵政民営化は大した問題ではないという意見がありますが、山間僻地に特定郵便局が必要か否かということをテーマに矮小化すれば、確かにマイナーな問題でしょう。
問題はそんなことではなく、公的金融のあり方をどうするかというのは、時代に即した金融秩序を構築し、守っていくべき政府としては根幹に位置する重要問題です。



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