08/25/05
ブロック経済と第2次世界大戦1
自前の植民地を持たない日本やドイツ、イタリヤは、自由競争のままであれば、どちらかと言えば勝ち組でしたから、新たな植民地は必要がなかったのですが、米英仏にそれぞれの植民地への輸出が禁止されてしまったので行き場を無くしたのです。
仕方なしに血路を切り開くために、自前の植民地獲得に動かざるを得なくなったのが第二次世界大戦の始まりでした。
それまで流れていた水がせき止められれば、時間の経過で堰を切って水が溢れ出すようなものです。
日本はその上にABCD包囲ラインまで結成されて、殆ど窒息状態になっていたのですから、 苦し紛れにめくら滅法飛び出すしかなかったのです。
アメリカは、日本がいぶりだされた狸のように飛び出すのを待って、正当防衛のような言い分で日本を袋叩きにしたと言うところです。
最初威勢良く殴りかかったものの、その後相手に応援のヤクザが加わってから、一方的に袋叩きにあう傷害事件が多いのですが、無抵抗で袋叩きにあっている状態が本土空襲を受けるようになってからの日本でしょう。
それにしても、もう既に抵抗力のなくなっていた日本に対し、原爆の使用は過剰防衛どころかジェノサイド目的以外何ものでもないでしょう。
日独伊枢軸結成は亀井静香氏ら郵政反対派が、田舎では国民新党、都会では「新党日本」と飛び地で結成に追い込まれたようなものです。
(日独伊枢軸など大袈裟な言い方ですが、各地で孤立している国同士が遠くからエールを送って励ましあっていただけと言うところです。)
もっとも彼ら郵政反対派は、自分から喧嘩を仕掛けたのであって、日本が戦争に追い込まれたのとは、意味が全く違いますが・・・・。日独伊が侵略戦争をしたから、第二次世界大戦になったと言う教育を受けますが、実際はイギリスやフランスが国際競争力で日独に凌駕されつつあることの挽回策として、自国の旧植民地への日独の輸入禁止政策を採用したことに始るのです。
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