08/24/05
ナポレオン戦争の意味2(経済戦争)
政権をとったナポレオンは、これから国内産業基盤の強化をしますと言うのでは、時間が掛かり過ぎて直ぐにも失脚してしまいます。
先ず、緊急輸入制限をやらないと、経済界の支持を受けられなかったでしょう。
元々彼は軍人ですから、産業構造の改革などはどうして良いのかわからなかった筈です。
正面から経済の原則で、力を付けてイギリスと勝負しようとせずに、武力で近隣小国にイギリス製品への重課税を強制したのです。
ま、誰でも自分の得意分野で勝負したいものです。
ナポレオンによる強制に抵抗するために、周辺弱小国はイギリスをバックに第2次から第七次まで対仏同盟を結成して抵抗します。
歴史教科書では、対仏同盟を王政復古派による反動的同盟のようにかかれますが、この対仏同盟は、当初は王政回復を旗印団結したのですが、内実は経済同盟だったのです。
第2次からはナポレオンの圧制に対する抵抗・経済戦争に変質していて、第3次対仏同盟からは正面の王政復古と言う旗印までも引っ込めているのですが、教科書はこれに触れません。
これがいわゆるナポレオン戦争であって、「圧制からの解放」などと言うのは、戦争に際してつくろうためにつけた名分でしか有りません。
しかし陸戦ではフランス軍が圧倒的に強かったために、(第1次第2次世界大戦のドイツ軍と同じです。)大陸では次々と連合軍は敗戦し、上記のように第7次までの同盟でやっとナポレオン戦争が終結するのです。
ナポレオンは、経済原理に反する一種の抵抗勢力代表として政権を担い、大陸全部を武力によって、支配下において、輸入制限を試みたのですが、抵抗は抵抗でしかなく結局うまく行きませんでした。
「大陸封鎖令(ベルリン勅令)」(1806.11.21)。
前文8カ条、本文11カ条からなる大陸封鎖令の本文の1部を紹介しておきましょう。(勿論他人の翻訳です)
第1条 イギリス諸島を封鎖状態におくことを宣言する。
第2条 イギリス諸島とのあらゆる商取引、通信を禁止する。
これにもとづき、イギリスもしくはイギリス人に宛てられた、もしくは英語で書かれた書状、物品は郵送されず、押収される。
第3条 わが軍隊又は同盟国軍隊の占領地域にある全てのイギリス臣民は、その身分、状態にかかわらず戦争捕虜とされる。
第4条 イギリス臣民の所有する、もしくはその工場に由来する全ての倉庫、商品、物品は、その性質にかかわらず、正当な戦利品とされる。
第5条 イギリス商品の取引は禁止される。イギリスに属する全ての商品もしくは、イギリスの工場および植民地に由来する全ての商品は正当な戦利品とされる。
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