08/21/06

文民支配の基礎5(憲法124)内閣1

結局文民か軍人か、エリートかどうかの定義の問題ではなく、国民・・地元の意向を吸収するのに長けた現役政治家に政治を委ねるのが結果的に健全なのです。
私の議論は、何故かエリート批判に帰着するようです。
エリート批判や学校秀才或いは、官僚に対する批判的意見を、これまであちこちに書いて来ました。
よほど、自分の頭が悪いことに対する劣等感があるのかもしれません。
勿論下地には、自分の劣等感があるのは明らかですが、その他にもっともらしい意見を書きますと、学者=専門家の意見と言うものは、大方
「その他の与件が一定であれば、この要件が増減するとこうなる、ああなる」
と言う議論が多いのです。
たとえば、外為相場で言えば、その他の与件が一定ならば、金利の高い方に相場が上がるし、或いは、その他の与件が一定ならば、「購買力平価に連動する」と言う類(たぐい)の議論です。
気象情報であれ、医学であれ、何であれ、そんな単純なものは有りませんから、結局経済予測や気象情報がはずれるのです。
このような専門的知見を利用するのに反対しているのではなく、最後は専門的知見にプラスしたファジーな総合的判断力=政治的能力がものを言うのです。
ここで言う政治的能力と言うのは、政治家同士の権力闘争・相手を如何にして陥れるかと言う狭い意味ではなく、ファジーな国民の意向をうまく吸収し、政策選択能力というところです。
こうした能力は、研究室での研鑚や専門官僚として、民意を知るための統計を如何に精密にしても限度があるのです。
この能力は、今のところ民意に一番近い選挙・・・それに先立つ地盤培養行為・・・を通じて自然に獲得されていくものではないでしょうか?
商売人で言えば、大きな研究所の中で売れ筋の研究をしているよりも、現場の感覚の重要性と言うのと同じです。
こういう意味で、私は、中央の官僚が何事も決める、官僚主導社会を批判しているのです。



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