08/19/05
文民支配の基礎2(憲法121)
自己目的的軍人が賞賛される社会では、軍人が本来の枠を越えて肥大化するのは宿命でしょう。
院や天皇、摂関家の走狗として、利用されていた武士が、自らの都合で合戦するようになれば、政権も横領したくなるのは必然です。
こうして鎌倉政権が出来て以来、順次勢力を広げて、徳川時代になるのです。
徳川期も長くなって来ると、政権担当者が現役軍人でなく公卿化(ホワイトカラー化)してきましたので、これが王政復古とは言え、薩長土肥の現役軍人(下級武士とはそう言う意味でしょう)によって成立したのが、明治政権です。
(三条実実や島津などは担がれていただけです。)
これがまた、長引いてきて元の軍人も貴族化・文民化して政権が事実上文民に移ると、(伊藤博文なども元は下級武士として活躍していたのです。)今度は軍部と言う現役組が台頭したのです。
歴史教科書でも小説でも、平家は折角権力を握ったのに、武士の権益を守るのを怠り、自ら公卿化したことがいけなかったと言う解説が殆どと言うか全部です。
承久の乱に於ける北條政子の演説(「折角獲得した武家政権を守れ」)を持ち上げる書籍が、圧倒的なのもその一環でしょう。
そこには、アラブル武士が、政治の実権を握るのが正しいと言う思想が現在でも濃厚です。
文民支配を貫徹するには、「武士賞賛」の思想を根底から変更し「軍は国民の雇い兵でしかない」という「他目的化」することこそが、重要です。
このようなわが国武士に対するDNAを見ると、軍国主義日本の再発を防ぐためには、「防衛庁長官を文民にする」というレベルに矮小化するのでは解決できない事が分ります。
平安時代に当てはめれば、公卿会議で軍事戦略を決めるように憲法で決めているようなもので、「トップを文民に」という方法では、実際上無理があります。
保元の乱での左大臣頼長の例を引くまでもなく、一朝有事の際には文民が軍のトップでは実戦に役立ちませんから、「戦争は専門家に任せろ」ということになって、憲法の文民支配の原則は、たちまちにして瓦解してしまうでしょう。
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