08/17/05
都市の成り立ち5(交易都市と城下町の違い1)
話が現在の都市論に行ってしまいましたが、わが国では城下町の外に、京の都のように宮廷を中心にした町、門前町、宿場町、港町などありますが、対外交易・市場から成り立っている町は少ないのです。(皆無だと思いますが・・・)
港町といっても消費者のために魚市場があるのではなく、漁業者が陸揚げした漁獲物の荷捌きのための市場なのです。
こうした傾向は、最新式の証券取引市場、外為市場、各種商品取引市場すべて、プロ同士の取引のためにあるものであって、バザールと呼ばれる消費者のための市場では有りません。
そういう訳でわが国では、消費資材入荷のための港でも、別の目的で集まった人の生活用品の調達のための荷捌き所として後から発達したものですから、港は旧来の城下町からはずっと離れたところに出来ています。
現在で言えば、輸送業者の荷物仕分け所が郊外に立地しているのと同じでしょう。
都市の誕生が交易目的でない結果、大きな川や鉄道駅その他の利便設備は、元々は町外れに作られているのが共通項です。
私の住んだことのある栃木県の宇都宮や栃木、足利の駅、千葉でも佐倉駅、東京駅や大阪駅・京都駅でも明治の初めのころの町の中心部(権力機構の裁判所を基準に考える)とは、いずれもかなり離れたところに最初設置されたことが分ります。
或いは新興工業地帯も人の住まない所に出来るのが普通です。
一々挙げませんが、皆さんの居住地域の明治時代の町の中心部と旧国鉄駅や小売市場、港湾の位置関係を考えて見れば殆ど同じだと思います。
これに対し、コンスタンチノープルやその他の西洋(と言っても地中海世界)の攻防戦を読むと、本拠となる砦自体が海に面して設置されているのですが、都市の成り立ちが違うからです。
市場を中心に集まった市民を守ると言うよりも確保するために、入り口で敵を待ち構える仕組みですし、城壁で市民を囲うのです。
日本では、戦国時代でも同一民族間の争いだけだったから、市民を守る必要がなかったと思う方が多いと思います。
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