08/16/05

都市の成り立ち4(生産・雇用の場から消費の場へ2)

ところで、上記のような歴史上経験したことのない消費市場中心の街づくりという革命的視点を別にして、これまでの町の重心の異動の歴史を見ると、古い城下町も、御城が出来た当時の新興産業(武士団)に連れて発展したに過ぎません。
江戸の発展は、その最たるものでしょう。
何もない山の中に出来た大きなお寺にあわせて、門前町が形成されたのも同様です。
明治になって、鉄道が敷設されたころは、同じく当時荒れ果てたススキだらけの郊外に立地したものです。
私の経験上知っている鉄道駅は、すべて、当時では(今の車の距離ではなく歩いて移動する時代の距離です。)町の中心であるお城から遠く離れた場所に設置しているのです。
これも時間の経過で、御城近くにあった繁華街が、郊外にあった駅周辺に町の中心が移動して来たのがこの数十年の地方都市の歴史でした。
このように昔から時代時代の新興産業の設置に合わせて人間が移動して来たのです。
現在都市も、過去の枠組みにこだわる必要が有りません。
保守的で変化を嫌ったいといわれる昔の方が、都市の変化に柔軟であったと言えるでしょう。
時代にあわせて入れもの・都市構造が移っていくのは仕方がないし、またそれが正しいのではないでしょうか。
駅前商店街や門前町というのは、駅やお寺に向かってだらだらと歩いていく時代の受け皿として機能していただけで、バスやマイカーで駅へ向かう時代になって廃れたのは必然です。
その受けザラとして駅前立地のデパート時代が来たのですが、その時点では同じ町の中の中心が若干移動でしたに過ぎなかったので社会問題にならなかっただけでしょう。
モータリゼーションの到来で、御城近くの中心街の繁華街から駅前商店街、さらには駅ビルさえも空洞化してくると大騒ぎになったと言うわけですが、共通項は他人の集人装置に寄りかかって独自企画に頼らない商人ばかりだった点でしょう。
必要のなくなった駅前商店街の活性化や駅ビル・・デパートの復活など主張するのは、80歳くらいの年寄りを訓練してスポーツ選手にしようとするよりも害があるでしょう。
今の政策は年寄りの訓練どころか、郊外型施設の抑制をするというのですから、将来性のある若者のスポーツ練習を規制するようなものです。
個人が自分のお金で無理な運動をして骨折したり筋を痛めるのは勝手ですが、政府、すなわち我々の税金で無駄なことに力を入れて、寂れた商店街の歩道のカラー化街灯の設置など税金の無駄遣いもいいところです。
それでも効果がないので、(当たり前でしょう)これから発展しようとする独自の商売・・郊外型店舗の新設を規制する方向まで打ち出そうと言う今回の政策は、とんでもない時代錯誤です。



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