08/15/05
都市の成り立ち1(城下町)
わが国の都市は城下町から成り立っているのが殆どで、(門前町その他についても後で少しふれます)そうした広場(マーケット)が真ん中になく、真ん中にはお城があるのです。
現在では、企業城下町といわれるように企業を中心にした町、或いは通勤客を目当てにした駅を中心とした町などになっていますが、ここ数十年では消費施設・デパートなどが町の中心になっていました。
これが郊外に拡散して旧市街衰退・空洞化の問題になっているのです。
日本ではもともとバザール中心に町が出来たのではなく、徳川時代には神社仏閣や御城の周辺、戦後では、駅やお寺、工場或いは有名観光資源など集人設備を目当てに消費施設が出来る社会でした。
(ついでの買い物客目当て、或いは人の褌で相撲をとるタイプです。)
駅前商店街だけでなく、デパートも客を集めていたのではなく、ターミナル駅に来た人を相手に商売していただけですから、機能的には門前町の域を出ませんでした。
従来の旧商店街やデパートは、自前の集客努力を怠り、ともかく人の集まる所で開業さえ出来れば、サービスのレベルは人並みでも客が入るという商売人ばかりでしたから、真の競争がなかったのです。
こういう商売中心の社会では、商品企画よりも立地競争に勝つかどうかが決め手ですから、独自商品企画をする人材はさして重要ではなく、不動産屋的発想、許認可面のコネなどが重視される社会になるのです。
この結果、私がいつも批判している横並び商品ばかり置いているという結果になったのですから、(私の意見は、横並び・模倣等のキーワードで検索してください)場所とりで勝負が決まる・・・不動産屋的発想は早く卒業すべきでしょう。
場所が良いかどうかで勝負しようとすれば、おのずからいい場所は地代や家賃が高くなって、その利益は不動産屋・・地主ビルオーナーに帰着してしまうのです。
それではきりがないのと、一旦既得権的に好立地を獲得した業種は努力しなくとも経営継続できますので、社会の発展が止まり閉塞してしまいます。
現にそういう状態になっていたのが、バブル崩壊後のわが国の閉塞状況だったのです。
「窮すれば通ず」というわけで、他人が人を集めた所(時代家賃が高いです)に立地しなくとも、独自に商品の内容、売り方、施設を工夫した商売人・企業が、独自集客力をもって郊外に立地するようになったのです。
これこそが、商売人の商売人たる本質ですし、これからの社会の発展に必要な独創性の発露としてむしろ絶賛し応援すべきでしょう。
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