08/13/05
台から院へ(別格組織)
これまでは、弾正台の「弾」の意味にこだわった話でしたが、今回からは「台」についての話です。
「台」と言えば今でも高台の住宅地と言うように、本来は、立派な建物を意味し、これが転じて高官(主として尚書省)に対する尊称としてとして多く使われ、これが回りまわって、唐代では監察御史が「台官」と呼ばれるようになっていたらしいのです。
日本でも、武家時代のころから「お館様」と言う尊称がありますが、いつのころからか使われるようになった「貴台」と言う尊称があります。
台が安っぽくなったこともあるでしょうが、その後聚楽第の「第」の用例が出てきます。
この用例は、杜甫の詩にもあるようですが、同音の転用プラス、「第」はもともと梯子状のものですから、単なる台よりも豪華に甍の連なったさまを表すものでないかと、私が勝手に思うのですが如何でしょうか?
わが国では、大宝律令で、弾正台は、太政官政府を外から弾劾するための別格組織として生れましたので(唐代の監察御史の同類と言うところでしょうか?)「・・・・台」と言えば、別格の組織と言うイメージが定着していたようです。
この別格組織は、令外の官である検非違使にとって代わられて機能しなくなって忘れ去られていたのです。
その後別格組織としては上皇の「・・・・・院」が発達しましたので、明治に弾正台が復活するまで誰も思い出しもしなかったでしょう。
今では「台」と言えば、台所か新興住宅地の・・・・・台と言う地名や、踏み台の台くらいでしょう。
ところで、平安以降では、「院の御所」に始って、別格の権威ある組織機関を「・・・・・院」と言うようになっていたように喧伝されます。
しかし、これも実は廃れてしまっていて、徳川時代になると死亡後の戒名或いは未亡人の称号として幅を利かしていただけでした。
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