08/12/05
憲法117(弾劾裁判所1)
巨悪を暴く役割の弾正台が、小悪を暴く?裁判監視の検察制度に矮小化されたことを書いているうちに検察の概略史から翻訳の話になってしまいました。
07/30/05・・・2「弾正から検察へ2」のコラムの続きです。
弾正台の「弾」の意味に戻りますと、勿論現在でも正式には、こういう用法(強い者・腕力の強い者でなく権力機構上の強者です・・・の悪事を暴く)で使われています。
憲法上の「弾劾裁判」所が、これです。
現憲法では司法権の行政府からの独立を確保するために、裁判官の身分保障をしています。
そこで、裁判官の解任は、憲法上認められた特別な弾劾裁判による場合だけに限られることになっています。
憲法で使われる「弾劾」と言う言葉は、憲法上誰も手をつけることの出来ない強い立場になった?裁判官と言う権力機構上の最高権威を裁くのに使われているのです。
ところが実際は、長期間政権交替のないわが国では、司法権はとても脆弱であることを06/15/03「司法権の独立と政権交代の必要」などのコラムで、これまでも繰り返し書いて来ました。
今回はそれをさて置くとして、形式上(実際は違うのです)最高の権力者になっている裁判官罷免の手続きの紹介です。
8月1日に紹介した平賀書簡問題では、弾劾裁判を開く前提としての訴追委員会が開かれましたが、平賀氏は不訴追、福島裁判官は訴追猶予という結果に終わったことを日弁連の決議で紹介しています。
現在でも良くある話で、内部告発した者に対する処分のほうが重くて、違法行為をした者に対する処分のほうが役所内では軽くなる典型的な事例でしょう。
内部告発・・・その組織内では優遇されないのは当然ですが、会社の法令違反に対してはより大きな社会からの非難があって、社内の巨悪の方が大きなダメージを受けます。
国家という組織内の内部告発はどうあるべきでしょうか?
政権・右翼からの攻撃とこれに呼応した裁判所内部の憲法違反の言動を内部告発すると、告発したこと自体を理由に、内部告発者の方が重い処分を受けるのでは、民主国家=憲法秩序が機能している国家とは言えません。
弾劾裁判と言っても、結局は国会の多数者が決めることですから、政権党に有利に計らったことを内部告発したような政治問題では、結局憲法に反しようが反しまいが政権党がゴリ押し出来るというところです。
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