08/11/05

翻訳の重要性3(大統領と州知事2)

何故、このような無茶な翻訳に対し、誰も反対せずに戦前に(今でも)定着していたのでしょうか?
日本の中央集権制度との違いを、出来るだけ際立たせたくない政府の意向に合わせて、御用学者がまるで違う「知事」と言う漢字をそのまま翻訳に当てるようになったのでしょう。
知事と言う言葉の意味は、07/20/05「藩の消滅3(版籍奉還と知藩事)のコラムで少し書きました。
ちなみに英語では、州知事も大統領も同じ「the chief executive」と言う表現ですし、そもそもU・S・Aは、United States of Americaの略ですから、本来独立したステートの連合体なのですから、その代表者を官選の役人である知事と翻訳するなど無茶と言うか論外です。
そこには、わが国の中央集権化に対する、批判封じ込めの意図が濃厚に感じられるのです。
何しろ徳川時代は、地方分権そのものでしたから、中央集権体制に変更するについては、政権側でナーバスだったと思われます。
そのためには徳川時代は、地方分権であったという代わりに「封建制度」であったとしきりに強調するのです。
西洋に当てはめれば、フランス革命で克服されたアンシャン・レジウム以前の古い体制だったと言う発展段階論で、明治政府による絶対王政の正当化をするのです。
日本の歴史を理解するのに、「封建制」と言う中間概念が何故必要か?疑問に思う方がいらっしゃるでしょうが、こうした特殊性があったからではないでしょうか?
私が習ったころの歴史学では、徳川時代うを西洋の中世に擬していたのです。
しかし、このころの歴史では、日本の徳川時代は西洋の中世とは違い、近世と言うべきだと言うのが常識でしょう。
United States of Americaをアメリカ合衆国と翻訳するのも、意図的に間違って翻訳していることを、10/03/03「地方自治とは(憲法39)」のコラムでも指摘しました。
このように政治制度に関する翻訳は、単に文学や好みの問題だけでなく、政治的効果が極めて大きいのですから、重要な問題なのです。
文学者は、知らずして?或いは意図的に政府のお先棒担ぎをしているのです。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:歴史に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資