08/07/05
民法146(後見等の申立権者4)
「権限のある後見人を選任してくれ」という申し立て権は、誰に与えてもいいのではないでしょうか?
いや、むしろ「誰にでも与えるべき、与える」という言葉が間違っているのであって、当然に誰でも有するべき権利ではないでしょうか?
まさに、孟子の言う「惻隠の情」を大切にするべきです。
国家が制限する必要性がないのです。
要保護者を見れば、惻隠の情の発露として誰でも気になれば保護申請するべきです。
管理の必要性は裁判所が決めて、しかも後見人は法的に詳しい弁護士などが就任しますので、誰が申し立てても心配がないのです。
うっかり申し立てると、毎日の細かい生活費まで妻や子供が自由出し入れできなくなるのでは、不便ではないかと思う方がいるでしょうが、そんなことは有りません。
弁護士によっては違うでしょうが、私が後見人に就任しているいくつかの事件では、例外なく妻や同居していた親族に毎月大雑把な概括的経費の出入をお任せして、その代わり、その領収書や経理報告書を全部戴くだけです。
親族が使い込みたいという不正な誘惑がない限り、何ら不便がない仕組みです。
また、被告になる人がないときにも検察官を相手に訴える仕組みになっていることが多いのですが、今では、検察官である必要がなく、相続財産の管理人同様に裁判所で特別に選任できる手続きを定めれば足りることです。
検察官が被告でなければ、いい加減な馴れ合い裁判をすると言う心配から検察官を被告にすると言う規定が生まれたのでしょうが、これも、明治始めのころのインフラ不備時代の心配に過ぎません。
現在では、各種特別代理人や管財人として弁護士が選任されていますが、馴れ合い訴訟などの弊害は皆無です。
ですから、被告になるべきものがいないときでも、特別代理人制度で充分間に合うのです。
(正確には、特別代理人と言うのは当事者となるべき人、当事者の存在が必要ですから、名称が違う特別な制度の創設になります。)
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