08/19/03

21世紀型の人権保障の仕組みの必要性

今回のシリーズで言いたいことは、19世紀型の人権保障規定は、19世紀の経済社会に妥当したものであって、20世紀どころか21世紀になった現在では、間に合わなくなっているのではないかと言うことです。
また、政権交代を前提とする諸外国(英米仏など先進国に限りません。韓国や台湾中南米フィリッピンなども含めて、クーデターその他方法は違っても、頻繁に政権交代があるのです。)と我が国は違う点も考えねばなりません。
西洋よりもかなり遅れて、19世紀型人権保障規定を採用した我が国では、今でもこれを金科玉条のように有り難がる学者や人権運動家が多いですね。
私は、これらが現在社会に不要と言うのではありませんが、これに加えて我が国の政権交代のない特殊性と今の時代に相応しい新しい民主主義、人権保障の仕組みを作らなければ、基本的人権や、民主主義は空洞化すると言うのが、私の基本的な意見です。
小さな直接民主主義の提唱などもその一つです。
私の直接民主主義に関する考えは、「02/06/03直接民主主義の可能性 1」以下で連載していますので、興味のある方は併せてお読みください。
刑事処罰の法、すなわち実質的意味の刑法の意味については、「07/09/03婚姻制度 (皇室典範7)21(実質的意味の憲法)」のコラムで説明しましたが、これから社会の複雑化につれて増える一方ですし、これをとどめることは出来ません。
環境、食品、消費者保護、原子力発電、等々幾らでもこれから取締法規は増え続けるでしょう。
右翼の拡声器騒音、暴力団や過激派の凶器準備段階での取締の必要性などもそうですが、同じことが、労働運動やデモ行進にも適用可能なところが問題です。
これからは、形式的な該当性さえあれば有罪と言うのではなく、その立法目的以外には使わないと言う選別的な運用や(身分犯を少し説明しましたが、)一定の種類の職業や地位のある人だけを対象とする法律制定が必要な時代がきているように思われます。
しかし、法で、どのようなことをすれば、○○法違反になると書くのは簡単ですが、どのような場合は、犯罪にならないと言う書き方は、犯罪にならない場合については、無限の可能性がある場合が多いので、あらかじめ法で明記しておくのは、ほとんど技術的に不可能でしょう。
ですから、上記のような限定する刑罰法規の立法は、特定の種類の犯罪に限られるでしょうから、結局は、捜査、検挙、公訴提起、判決の公平な運用にかかってくると思われます。
その運用は、誰が担当し、誰が監督するべきでしょうか?




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