08/18/03
組織トップの責任(説明責任)(刑事捜査の公正さ)3
前回のコラムで書きましたように、偏頗な捜査、または検察庁の不祥事は、優れて政治問題であって、司法の問題ではありません。
結果として偏頗な捜査があった場合、または、偏頗の疑いがある場合、政治権力者としては「司法のしていることですから知りません」とほっかむりしていることは許されません。
そもそも、検察権の行使は、司法ではなく行政なのですから、そう言う言い回し自体も明文の法律を無視したまやかしです。
むしろ、知らなければ良いのではなく、「偏頗ではありません」と言う積極的な説明責任があるのです。
こうした考えは、ほかならぬ検察自身が、暴力団組長や、兄貴分の責任追及をする為に多用している論法です。
末端の構成員は、親分や、兄貴分の意向を受けて行動するのが、やくざの掟ですから、実行犯1人だけを検挙していたのでは、犯罪がなくなりません。
消費者直結の商品分野では、消費者が、その会社の製品をボイコット出来ますので、無責任な言訳は、通用しない社会意識が確立しつつあります。
これに対して、政治の分野では、直接民主主義でなく間接民主主義である為に、民意が直接反映されず、歪んでしまっていると思われます。
こういう場合、消費者主権のような直接コントロールが期待出来ませんので、「私は知りません」ですませば良いと言う開き直りを誘発するのでしょう。
以前は、代議士個人に関しては「秘書が・・・」と言う言い訳が多用されましたが、それは今では通らなくなっていますが、まだ組織としては、トップが知らなかったでまかりとおる変な社会です。
道路公団の総裁が、今、財務諸表問題で開き直り中ですが、こうしたことがまかり通るのは、国民が何と言おうと、任命権者や関係者への、根回しが済んでいれば臆面のない開き直りがまかり通ると言う姿勢がありありです。
我が国も、外国で良く使われる特別検察官やオンブズマンを選任して、捜査の公正さないし、政治的争点の前提事実を検証するくらいでないと、検察や、行政の公正な運営が期待出来ないのではないでしょうか。
なお、イラク問題では、国際的な査察チームが活躍しました。(アメリカやイギリスの言う通りにならなかったですね。)
権力者が知らないとさえ言ってれば、検察はその意を受けて、労働運動や政府権力者の気に入らない人だけを、無闇に検挙出来る社会が続くのでは、困りますね。
ただし、最近は、ビラ配りなどは、検挙しなくなって来ましたが、これは民主化が進んだせいではなく、労働運動の社会・政治的インパクトが減少して来たので、権力者が問題にしなくなっただけのことです。
現在社会は、左右、労使対決よりも消費者問題、環境問題に移っていることは、「01/22/03憲法の限界6(政党のあり方)」のコラム及びそこで引用している各コラムで書いて来ました。
ちなみに、鈴木宗男さんの事件も、以前から周知のことだったのに、落ち目にならない限り検挙しない点では、問題の根が同じです。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:権力に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:検察に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:憲法に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:行政に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:司法に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:民主主義に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
