08/13/03
組織トップの責任(説明責任)(刑事捜査の公正さ)1
ところで、最近の話題では、辻元前議員が逮捕されて、同じ議員だった田中真紀子さんが何故逮捕されないのか?との疑問を呈する人が多くいます。
新聞報道によれば、流用の実情が全く違うようですから、そうした批判は、おいおい沈静化すると思いますが、私が今回問題にしたいのは、検察でもない彼等が、具体的な証拠を握っている訳ではないのに、同じように逮捕しないのは怪しからんと言う意見の噴出そのものです。
その意見の根底にあるのは、「同じ議員なら、みんな(かなりの人)がやってる筈だ」から公平にと言う意識があるからでしょう。
国民大多数の意識が「みんなが(かなりの人)やってた筈だ」とすれば、何故、現権力者に都合の悪い2人だけを、狙い撃ちするのが公平か?こそ問われなければなりません。
検察に説明責任があると思います。
告発があるからと言うでしょうが、この事件は、告訴告発が必要な事件ではありません。
スピード違反で検挙されて、「自分だけでない」と言う言訳が出来ないのは常識ですが、これは、狙い撃ちでなく、機械的平等に取締をしているので、「違反車が多くて全員検挙出来ない」と言う論理を、国民が納得しているのです。
しかし、もしも交通違反でも、権力者の気に入らない人物を、狙って、過去のスピード違反を理由にいきなり逮捕出来る社会になったとすれば、民主国家と言えるでしょうか?
そう言う場合は、権力側で、狙い撃ちでないこと・潔白を証明しなければ、(真紀子さん辻元さんの例で言えば、国会議員の数は僅かですから、全議員を調べても大した手間ではない筈です。)次の選挙で与野党入れ替わるくらいでないと、「民主主義社会と言えないのじゃないか」と言うのが私の意見です。
官房長官は、例によって、「司法のしていることですから関知しません」と言う紋切り答弁です。
それはそれで当然のことですが、(関与していたら大変なことですから)もしも、検察が結果的に政治権力の意を迎える為に、(迎合して)動いていると認められる偏頗な捜査があったときでも、そのような無責任な答弁が許されるでしょうか?
ここ数年のことですが、一般社会においては、会社員の不祥事があったときには、社長は知らなかったでは、すまされません。
1昨年来世間を騒がせた、雪印、日本ハムなどの不祥事では、末端、中間構成員が、経営者や上司の意向を受けて行動していると言う社会認識から、それぞれ社長が責任を取っただけでなく、会社自体も大きなダメージを受けたのは、御承知のとおりです。
このように、組織の構成員は、上位者の意向や理念を受けて行動しているのが普通ですから、社長や上司の具体的な指示がなくとも、構成員が、組織の為になると思って不正不当行為をした場合、「組織全体で責任を持つべきだ」との国民の一致した認識(コンセンサス)が確立していると言っても良いでしょう。
消費者が主権者である分野では、消費者が直接不買などで意思表示出来る為に、社長が「知らなかったので・・」と言い訳した、日本ハムの場合、世論の失笑を買ってしまったものです。
消費者直結の商品分野では、消費者が納得しなければ、その会社の製品をボイコット出来ますので、無責任な言訳は、通用しない社会意識が確立しつつあります。
組織人が組織の論理で行動する傾向については、「03/15/02 企業人と市民の常識」以下の連載コラムで、少し書いていますので併せてお読み下さい。
以上のように見てきますと、官房長官の「関知していません」の紋きり型答弁は、検察権力は、政治権力と全く無関係に動いていることを前提としてこそ、成り立つ論理と言えるでしょう。
では検察の行政からの独立性は、どの程度のものかについて、次に見てみましょう。
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