08/12/03
罪刑法定主義(政治不介入)
民事不介入の原則と言うのは、民事上の争いの一方当事者を警察が、刑事事件の疑いがアルと言って逮捕したりして肩入れしないように自粛する謙抑の原理です。
その意味では、政治闘争がホットになっているときに、その一方当事者を、その争点と関係ない古い事情で、いきなり逮捕したりするのは、検察の政治介入と取られることがあります。
辻元前議員の逮捕には、釈然としない国民が多いのは、政治介入の疑念が払拭出来ないからでしょうか?
「日本は、本当に罪刑法定主義の国か?」と言うのが、いつも私の疑問とするところです。
罪刑法定主義と言うのは、予め法律で定められている罪に当たることをしたときしか、処罰されないと言う原理です。
これは市民革命後の近代国家において、専制君主や絶対君主から気紛れな逮捕、処刑を防ぐためのものでした。
でも日本の法律は、どうでしょう?
殆どの人が、守っていないような法規が多過ぎるのです。
歴史上で見れば、自由民権運動が、違刑罪と言う軽犯罪で頻りに逮捕されて、政治運動が弾圧規制されていましたし、戦後民主国家になってからでも、誰の目にも目にあまるエログロのビラ貼りに対しては、殆ど取締をしないのに、労働運のビラ貼りに対しては、執拗に器物損壊罪で逮捕し、ビラ配りに対しては、サラ金関係は放置しているのに、労働関係となると迷惑条例や、道路交通法違反などで逮捕を繰り返していました。
ただしこの頃は、逮捕までは行き過ぎだと言う判例が定着して、逮捕はされないようですが、検挙姿勢は変わりません。
最近では、オウム真理教事件に対する国民の反感を利用して、駐車場に車を乗り入れたことを理由に、住居侵入の現行犯逮捕したのには驚きましたよ。
警察権力は、誰でも逮捕したくなれば、尾行してれば、何かしら法に触れる機会を見つけられる可能性があるのを満天下に証明したのです。
国民は、オウム真理教に違法行為があれば、それを取り締まってほしいとは思っていたでしょうが、何でもかでも、言い掛かり逮捕まで望んでいたとは思えません。
違法行為は一杯していたのに、警察の捜査能力が低い為に、肝腎の捜査を出来ないのを棚に上げて、国民にフラストレーションを溜め込ませていたのです。
その結果「どんな理由でも捕まえてくれれば良いや」と国民心理を醸成した上で、実質上違法な、言い掛かり逮捕をしているように思えます。
これでは、罪刑法定主義と言っても、国民の殆どは警察に睨まれたら、お終いと言う感じです。
戦後の食糧難のころに、やみの食料を拒否して餓死した山口(だったかな?)裁判官の話しは有名ですね。
誰もが法律違反しなければ、生きて行けない雁字搦めの法律「取締」国家では、警察の気に入らない人間は、いつでも何らかの理由で逮捕出来るのですから罪刑法定主義と言っても、無意味となります。
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