07/31/07
裁量権乱用の歯止め1(公訴権の乱用1)
課税当局の見落としによって、非課税だったのがたまたま見つかった・・たとえば増築部分の存在が後に分かったという場合は、政治的恣意が入り込む余地がないので、問題がないのです。
しかし、朝鮮総連本部土地建物の場合には、従来積極的に非課税認定があって、これまで(40年前後だったかな?)非課税だったのに、トップの考えが変わったというだけで、課税されるようになるのでは、これでも法治国家といえるのかという疑問が起きます。
こんなことが許されると政治の恣意的運用を許すことになって危険・・国際的に日本の法治国家としての信頼をゆるがせるでしょう。
もちろん都知事・・行政当局の恣意的運用を防止するためには、訴訟で争う道がありますが、実際は大変です。
本来は課税対象だったのに
「これまで非課税で得してきただけでしょう」
というのが、公式見解でしょうが、誰でも好きなとき逮捕できる現行の刑事手続きと同じ問題があるのです。
みんなが目こぼしされているのに、自分だけ逮捕されたという理由では違反した事実がある限り、無罪だとして争う道が法的にないのです。
現行法制では、政治の恣意によっていきなり逮捕されても、
「もともと違反していたのに、これまで逮捕されなくて得していただけでしょう」
と言うのと同じで、普段から、ゆるく運用しておいて,気にいらなくなった者に対してだけ厳しく運用することが許されると、結局は行政当局や司法当局が司法や税収を私物化出来る・・法治国家の精神が形骸化してしまうのです。
こう言う社会では、法と言うものは国民を権力から守るためのにあるのではなく、権力が恣意的に処罰したり課税するための便利な手段になっているのです。
法がなければ処罰されない・・・それなら守りきれない法を一杯作っておけばいつでも好きなときの処罰できるだろうというのが、日本政府のやり方です。
殆どの人が守り切れないような法律を一杯作って、その代わり普段は運用をゆるくする・・政府の気に入らない者だけ狙い撃ち的に検挙できる現行の刑事法制度は、罪刑法定主義・・実質的に法治国家を形骸化させていることを、05/07/07「起訴基準の法定化3(専門家も素人2)」その他で繰り返し書いてきました。
何もかも起訴するのは無理ですから、どこかで裁量権者が必要だとしても、その裁量の濫用に対して、法的に争う道がないのは、デュープロセスとして欠陥があると言えるでしょう。
その歯止めには、決して難しい法制定が、必要になるのではなく、現行刑事訴訟法を前提に公訴権乱用に対して、公訴棄却が出来るように解釈していけばいいだけです。
解釈での解決に無理があるならば、ホンのちょっと刑訴法の条文を訂正すれば足りるでしょう。
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