07/04/07

離婚の自由6(民法212)女性の地位低下2

私の育ったころには、漬物を漬けたり味噌をつくったり縫い物をしたり、「母さんの歌」で歌われる
    「母さんが〜夜なべをして手袋編んでくれた・・」
言うのが、普通の情景でした。
現在、日経朝刊に連載中の長島茂雄氏の私の履歴書でも、
   「お母さんが、練習用の野球のボールを縫ってくれた」
ことを書かれていますが、一般に自給自足社会といいますが、実はその自給を支えていたのは殆どが女性でした。
この縮小に反比例して女性も外で働くようになってきますが、明治の最初のころには、女工さんの給与は結構高く、大きな顔をしていたのです。
戦前の労働環境としては、工場に赤ちゃんを連れて行って働ける時代でしたが、戦後、人間あまりになって、未婚女性がいくらでも集まるようになると既婚女性が東芝などの電気関連工場労働、女工さんの賃金は現在同様にものすごい低賃金に陥ります。
戦後、社会に出始めのころには、男女賃金差もあって、昭和40年代ころには貨幣獲得的には、かえって最悪の時代だったでしょう。
こうした家庭内で無限ともいえる女性のいろんな仕事が、順次縮小して行ったところで、平等化の進展で、映画「おしん」のような子守がすぐにいなくなってしまったので、無償の子育てばかりが女性の肩にかかってきます。
海外で、お手伝いさんやベビーシッターがまだ残ってるのは、階層分化が日本よりも激しいからでしょう。
平等化の進んだ日本の社会は恥ずかしいことではありませんが、その分の社会的手当てが遅れているのです。
介護も社会化されてきて、これも女性の仕事から開放されましたが、これは女性の仕事がなくなったのではなく、無償労働が減ったので、その分外で働くチャンスができると言う形で、女性から歓迎されているのです。
このように家庭内の女性の仕事の減少は、まだまだ現在進行中ですが、その分、外注に頼れない子育てに集中する一方になったので、却って子育てが大変・・重圧を感じる時代になってきたとも言えるでしょう。
そこで、育児からの開放が重要なテーマになってきて、保育所の整備が求められているのです。
保育所の充実は少子化対策のためにもなるでしょうが、それよりは、女性の地位向上策として重要なのです。



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