07/04/07
離婚の自由4(民法210)里帰り
ちなみに、現行民法の生前贈与・・みなし相続財産制度は、戦後すぐの法律(親族相続編は戦後憲法制定に合わせて改正されたものです)ですから、当時普通であった娘に対する嫁入り支度・・持参金や2・3男に対する分家新宅制度を前提にしたものであって、現在のサラリーマンや医師その他ちょっとしたゆとりのある家庭での預貯金贈与まで予定していないというのが私の意見です。
現在、ちょっとした預貯金の生前贈与を相続人が争う事例が多いのですが、これは、相続・・生前贈与のコラムで、もう一度書きます。
ただし、こうした持参金の話は、日本も西洋同様に一定の階層だけの話です。
歴史や物語というのは、これまで上級階層の話が多いので、読者は自分も貴族や部将になったような気持ちで読むのですが、実は人口の大多数は、こうした歴史で描かれない庶民です。
生前贈与(遺産分けの一種としての嫁入りしたく)する程の資産もない庶民にとっては、今と同様に好き嫌いだけで、気楽についたり離れたりしていたのではないでしょうか?
この点は、この後に紹介するマハル制度の実態でも同じでしょう。
ところで、妻・・自分の娘が法律上無能力化されてしまい、嫁ぎ先の夫が勝手に自分の娘=妻の持参した財産を処分したり、使えるとなれば、リスクが大きいのでおのづと持参金も少なくなります。
イザと言うときに持って帰れないならば、
「今、大したものを渡せない代わり、何かあれば、すぐに帰って来いよ、そのときは面倒見るから・・」
と言う暗黙の約束になって行ったのでしょう。)
これが家督相続制の基礎ですが、生めよ増やせよの政策に乗って、殆どの国民が4〜5人も子供を生む時代が来ると、(上記流れで、嫁入り支度の相場が極端に縮小したので、多くの娘を嫁入りさせても、ちょっとした着物を持たす程度ですから、子供の量産が可能になったともいえるでしょう。)離婚して帰っても、実際には長男が面倒を見切れません。もともと子沢山ですから、出ていった弟妹全部の面倒を見るほどの財産を長男が相続していないのです。
実家に帰ってくると、迷惑な顔をするだけでなく、受け入れるのを拒み、これを機に絶縁するような事態が頻発したのです。
もともとは、そのころまでは離婚と言う言葉が使われておらず、「里に帰る」と言う一言ですべてが分かる社会でしたが、そのころからイキナリ「離婚」と言う法的用語が流通し始めたのは、もはや、「里に帰れない」時代が来たからです。
自然界の里山(もちろん人為で出来た山のことですが・・・)の消滅と、どこかで関係があるのでしょうか?
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