07/01/07
離婚の自由3(民法203)江戸時代の持参金2
広い意味の持参金は、元は、土地の権利(後にも書きますが、今の所有権とも違うのです)が中心でしたが、経済の発達につれて、目前の結婚式費用(当時は祝言)の捻出に困るので、これに当てる程度の意味から現金を付加することから始まったものでしょうから、この部分だけは使っても良い慣習が生まれ、全体に占める比率も小さかったので、他方で仲人の報酬1割という相場も合理的でした。
(それでも、西洋の離婚禁止意識が来るまでは、いつでも離婚する前提の社会意識・・夫婦関係でしたから、結婚費用であろうと、妻の方で持ってきたお金はいつでも返さなければならない預かり金の意識であったようです。)
「親子は3世の契り、夫婦は7世の契り」という浪曲で語られる観念は、意外に明治以降西洋のカトリック思想が入ってきて生まれたものかもしれません。
もしかして、,近松などにも出て来るかもしれませんが、わつぃは今のところ西洋カトリックの離婚禁止思想から出てきたと思っていますので、その辺は読者の皆さんが調べてみてください。
ところが、経済的に困窮した高級武家が多くなり、他方で、巨額の資金を有する商人が発生してくると、意味が変わってきて、当座の挙式費用目的だけでなくいわゆる「持参金目当ての結婚」が生まれてくるのです。
こうなると、結婚式費用だけでなく巨額ですから、返せる武士はいません。
却って、武士同士の結婚のほうが、離婚が簡単であったようです。
(現在の勤労者同士の結婚同様で、たいした資産が動きませんので、離婚のときに返すといっても持ってきた着物くらいですから、夫のほうに苦痛はありません)
もともと嫁入り支度として、当座の費用以外の領地、田畑となれば、移動不能で実家周辺に残ったままですから、嫁ぎ先の殿様(夫)が自由に処分できるはずもなく、実家が飽くまで管理してその収穫したものを化粧料として届けるだけでした。
領地は君主からの預かりものですから、家臣が自由に処分できると考える人はひとりもいなかったでしょう。また農地の処分も制約がありました。
現在考える所有権ではなかったのです。
現在の所有権は、近代法の所有権絶対の精神で作られています。
しかし、民法制定まではこんな絶対的的な観念ではなく、重層的しかも時間的の制約もある複雑な権利だったのです。
これが行き過ぎと言う事で、せいぜい「法令の制限内で」という制限が付いたくらいです。
民法
(所有権の内容)
第206条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
(土地所有権の範囲)
第207条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。
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