07/01/07
離婚の自由2(民法202)江戸時代の持参金1
ただし、前回書いた持参金の意味は、一般論であって、これも江戸時代初期と中期〜末期、都会近郊と地方とでは大違いですし、商人と農家、武士、町人(従業員ではありません)などそれぞれ別々の生活様式経済活動の時代ですから、一概には言えません。
(現在よりも、多様な生き方があったことを繰り返し書いてきました。)
江戸時代中期には、豪商から武家に巨額の持参金(現金や債権)付きで嫁入りさせる例が増えてきます。
有名なところでは、新井白石の貧乏書生時代に、商人からおよそ6億円ほどの持参金を示された事例があります。
武士は貨幣が不足する一方でしたから(持参金はほしいのですが・・・)出す方としてはたぶん最後まで現金を出せなかったでしょう。
形としては、武家に商家の娘が嫁入りするのが、相互に足りない分野の補完になって経済合理性があって、最もポピュラーなパターンとなります。
現在でも、高級官僚候補(金はない)が財界大物の娘を妻に迎えるのが、一つの形になっているのはその歴史によるものでしょう。
しかも、貧乏な武家が巨額の現金を貰ってしまえば、高額の持参金が返せませんので、離縁も出来ないので、社会も安定するメリットもあったのです。
そこで、もう一度持参金の意味を詳しく書きますと、嫁入り支度として持参した財産のうち現金部分(債券もあったようですから、正確には、消費しやすいものというべきでしょうか?)を「持参金」というのです。
それは、元々は大名家の化粧料として10万石といわれるような不動産の収納権みたいなものが中心でしたが、それだけでは当座の生活費・・・もしくは結婚式のもの要り分?などに間に合いません。
こうした費用に使うために嫁入り支度の一部として現金や債権が用意されるようになって始まったものですから、嫁の持ってきたものには夫は一切手を着けてはいけないという原則の例外をなすものでした。
それでも、手をつけても良いとしても、離縁のときは慣習法上絶対に返す義務があったのです。
その他の財産に手をつけるのは絶対禁止でしたし、お上からのお咎めで、身代限りになっても、妻の持ってきた財産には手を着けない法制度でした。
現在でも動産執行で、妻固有のものは執行できない原則ですが、こうした歴史があるからでしょうが、今では夫婦共同財産ですから、ちょっと問題でしょう。
動産執行については、別の機会に詳しく書きましょう。
離婚理由として、妻の不行跡を証明する必要がなかったのですから、現在の「慰謝料制度がない代わりの制度だった」ともいえるでしょうか?
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