07/30/06
現行刑事訴訟法48と当事者主義訴訟法
治罪法以来約70年間続いた旧型の刑事訴訟法・・・大陸法系の手続き法が、戦後改革で完全な3権分立の思想に基づき、抜本的に骨組みから変りました。
これが、英米法的当事者主義的刑事訴訟法(昭和24年施行)の現行法に変って現在に至っているのです。
戦後約60年間、この方式でやってきて、やっとこの考え方が定着し始めたところですが、それでもまだ、検察官意見の方に、裁判所は親和性を持っているのが問題なのです。
これを大幅に後退させると言うか、検察官権限の強化に動いているのが、平成以降の司法改革の流れと言えるでしょうか?
そして、ここ2週間ほど連載した適正な国選費用保障必要性の議論は、戦後取り入れた当事者主義訴訟手続を形骸化させて国家管理型の戦前型の訴訟に引き戻すのか?それとも当事者訴訟形式を守っていくのかという議論です。
私の方は、戦後民主主義の真っ只中で育ったせいか、もっと当事者主義化、市場経済化の完成を目指すのが理想のように思えてしまうのですが、人間の思想と言うのは育った時代環境に大きく左右される例証でしょう。
平成以降の改正は、一方で弁護士の大量増員政策の実施で、弁護士の生活基盤を徐々におびやかしておいたうえで、司法センターと言う国営の配給機構を作りました。
そして今年の春にその具体的構想が明らかになったのですが、今年の秋からは、この司法支援センターと弁護士が契約しなければ、刑事弁護を受任出来なくなってしまいました。
こんな国家管理型の刑事弁護はおかしいのではないかと弁護士会有志が如何に騒いでも、生活基盤のない若手弁護士が大量に輩出されてくると、結局はボイコットできない・・・これと契約するしかないだろうというのが、政府側の読みです。
(小泉総理得意の手法です)
平成2年ころから始った弁護士の大量増員政策には、こう言う布石があったのです。
司法試験合格者の大幅増加政策(結果的に弁護士の大量増員政策です)に付いては、あちこちに書いて来ましたが、その結果生じる生活基盤の変化については、07/06/05「破産の現状10(小額管財6)司法センターとの関係(弁護士の下請け化)1」等で書いて来ました。これは国選だけの話ですが、これまで書いているように、刑事分野の私選弁護(自分のお金で頼む人)はこの10年ほどの間に壊滅的に減少してしまったのですから、国選事件を国家が牛耳ると言うことは、刑事弁護のほぼ総てを牛耳ったのと同じ意味があるのです。刑事事件の国選化に付いては、07/28/06・・・・3「国選報酬の重要性5」に少し書いたように、社会構造変化にもかなりの原因がありますが、それよりも、表面的に大きな原因を作ったのは弁護士会のこれまでの行動でしょう。
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