07/27/06

国選報酬の重要性1(武器対等の原則1)

07/21/06・・・2即決裁判手続1(執行猶予1)刑法59と刑事訴訟法42」以来、また話しが大分逸れましたので、国選報酬の相当性の問題に戻します。
上記コラムで書いたような簡易な事件と複雑な事件を分類をするのは、社会システムとしては効率がよく合理的なように思えます。
しかし、このように、予め答え(判決結果)の分かっている簡単な流れ作業事件ばかり担当していたのでは、弁護技術は磨かれません。
かと言って複雑な事件に応募して、本格的な弁護・・法廷技術を磨こうとしても「1年前後その事件にかかりっきり」と言うのでは、事務所がつぶれてしまいます。
(公判前整理の日当は、07/19/06・・・2「公判前整理手続と弁護人の過重負担2」のコラムで紹介したように、一回8000円前後ですから、1ヶ月2〜3回として数万円の日当です)
  「10年に1回くらいなら、ボランテアとしていいか!」
とたまに担当しているだけは、弁護技術が磨けないのです。
こうして区分けが進んで行くと、一見専門化が進むように見えても、実は、日当が安すぎるので、複雑な事件を担当する熟練弁護人が育たなくなってしまう危険があります。
これは、権力にとっては、これまで繰り返して書いているように、形式的には、 
    「弁護人の意見を聞いて処罰するのだから・・・・」
もしも、結果的に人権侵害が発生したとしたら、それは弁護士が怠慢であったからと言うことになるのでしょう。
こう言う状態になれば、うるさい弁護士がいなくなって、権力にとっては、短期的には好都合でしょう。
しかし、これでは、事実上本来の弁護をしてもらえない裁判が常態化していくことになりますので、国家社会の安全弁としての健全な司法が損なわれてしまう・・・国家の信用が損なわれる危険が有るでしょう。
「弁護士はあてにならないから・・・・」と、言う悪評を流布しておいて、
   「裁判所が後見的に十分チェックしてやるから、いいでしょう。」
と言うのでは、刑事手続は、本来の批判勢力の存在しない緊張感の欠いた状態・・・検察と裁判所だけで運営しているようなものになってしまいます。
検察と裁判所だけの運営ですと、役所が違うだけでしかないので、上司が部下の決裁をしている程度のチェック機能としてしか働かないでしょう。
これでは、検察官主張の是非についてのチェックだけですから、時代の進展に応じた新しい視点からの新しい主張も生まれ難いし、あっても、処罰の必要性と言う視点による解釈の拡張ばかりでしょう。
これでは、新判例も生まれませんし、裁判所の社会的機能は大幅に低下するでしょう。



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