07/24/06

貰い下げの消滅2と国民意識の変化

ついでに、書いておきますと、そのころから政治家に頼んで、「貰い下げる」と言う俗語が消えてしまったように思います。
今では、交通事故を起こしたからと言って地元の政治家に相談する人は滅多にいないでしょうが、私が弁護士になったころには、まだ過渡期でした。
何かあると、いろんな事件・・窃盗や傷害事件などでも先ず地元政治家が介在して、貰い下げを画策し、その後に懇意にしている弁護士に紹介してくる事例が多かったのです。
そうした実状を反映して私が弁護士になった前後ころ、地元政治家と顧問関係のように密着している弁護士が多かったものです。
交通事故だけでなく、いろんな犯罪・民事紛争から裏口入学まで、地元の政治家や有力者の口利き介入がなくなって久しくなりました。
その代わり公共団体による無料法律相談が増えて来たのですが、国民の多くが、有力者に頼るよりは弁護士に相談した方がよいと思うようになってきたからでしょう。
こう言う変化の背景として考えられるのは、国民意識が変化し、有力者によるファジーな解決よりは、法の支配を望むようになってきたからといえるでしょう。
私が弁護士になったころには、わが国、国民性の特徴として、法的・ドライな解決を望まない国民性があるので、調停等が必要であると言う宣伝がなされていました。
しかし、国民意識と言うのは、これまでも何回も書いているように、その生活様式によっていくらでも変わるものであって、生活の近代化が進んで来た結果、末端の国民自身、有利力者の口利きに頼るよりも、法的解決を望むようになって来ていたのです。
困ったときには、親戚や有力者に頼るよりも弁護士と言う時代・・金に困れば親戚や有人に頼るよりはサラ金に借りると言う時代が到来していたのです。
昭和50年代からサラ金問題が社会問題になった原因でしょう。
このような義理人情と法的ドライ解決意識の変化のハザマで、昭和40年代には歌謡曲の王将(義理人情が主題です)や各種演歌などが一世を風靡したのでしょう。
今は政治家による口利きの仕事もなくなって、政治家の仕事もがかなり合理化されてきましたが、行政関係ではまだ官僚の権限(サジ加減)が強いので、そうした役割が残っているのです。
私の持論は、こうした補助金の箇所付けその他官僚の不透明な権限を無くしていけば、政治家の口利きの仕事もなくなるでしょうし、政治家は都市計画や教育がどうあるべきかなど政治そのものに精進できるのではないかと思っています。



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