07/15/06
現行刑事訴訟法33(証拠能力2と直接主義1)
何故このような証拠能力と証明力と言うややこしい違いがあるかと言うと、定型的に誤りがおきそうな間接経験を供述しているものは、予断や思い込みを誘発しやすくて誤審を招きやすいからです。
長い間の刑事手続きの経験から、間違いやすい証拠は原則として、法廷に証拠として出すことすら認めないと言う原理が生まれてきたのです。
証拠能力の問題は、原則として証拠として価値がない・・・提出さえ認めないと言う思想です。
裁判官自体にも直接主義と言う原理があって、英米法では直接主義が貫徹されているのは、裁判官の面前での直接の供述で証拠とすべきだという思想があるからでしょう。
それと伝聞の問題だけでなく、直接経験したことでも書証は原則として信用出来ないと言う思想は、文化的には文字の国である日本と口頭・・演説を主体とする西洋の文化背景の違いでもあるのでしょう。
この直接主義の原則も、わが国では弁論の更新と言う、わけの分からない手続の導入により、直接調べたことにする扱いとして、空洞化しているのです。 刑事訴訟法
第315条 開廷後裁判官がかわつたときは、公判手続を更新しなければならない。但し、判決の宣告をする場合は、この限りでない。
弁論の更新とは、証拠調べをした裁判官が転勤などでいなくなったときに、後任の裁判官が、自分で証拠調べしていないのに、前任者のときにした証拠調べを元にして判決できる・・・と言う手続の便法です。
これなどは証言に立ち合うだけで、記録を見ないで判決する陪審員・裁判員法では、無理な規定です。
自分が証人尋問に関与していないのに、後任の裁判員や陪審員がどうして有罪無罪について、責任のある意見を言えるのでしょう?
この点は、後に裁判員法の解説のコラムで書きましょう。
わが国では、ナマの証言よりも調書を基礎にする裁判であるからこそ、出来る芸当です。
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