07/12/06

治罪法3(予審判事8と検察官14)

話しが大分それましたが、予審判事の翻訳語の問題にもどります。
治罪法制定時の「治罪法」という翻訳自体に、まだ当事者対立構造を前提にしない思想が表れています。
対立構造を意味する「訴訟法」となるのは、後に紹介しますが、明治23年10月の旧々刑事訴訟法になってからです。
ちなみに、訴訟の「訴」は、上位者に自分の主張をうったえる意味ですし、「訟」は公の場であけすけに言い募ることです。
それまでの処罰手続では、お上が処罰するために、如何に合理化して誤りをなくすかに意を用いて来たのです。
これに対し、訴訟法になると、漢字の意味から言っても、原告になる検察側も、裁判所と言う上位者に訴える当事者の位置付けになったのですから、治罪法から、訴訟法になった時点で、検察官が裁判所の下位機関に位置付けられるべきだったのです。
それがそうならずに、裁判の監視役と言う既得権を手放さなかったので、せっかく訴訟法と名称が変っても検察官の役割はそれほど変らず、法廷でも検察官席が当事者席ではなく裁判官と対等な高い壇上に置かれていたのです。
(この法廷形式は、戦後の改正まで続きました)
こうした実態は、長野県松本市郊外にある司法博物館や、名古屋にある何と言う名の博物館か忘れましたが、もと名古屋高裁庁舎跡を見学すれば、法廷が戦前のまま保存されていますので、今でも分かります。
訴訟法内の検察官の役割は、せっかく政党内閣が出来ても軍部だけが、天皇に直属すると言う言い分で、内閣内でお目付け役みたいに存在し続けたのと似ています。
予審判事の職務に戻しますと、予審判事が判断するのは、公判維持すべき証拠があるかどうかの判断であって、犯罪事実の有無について終局的な事実判断する官職(判事)ではなかったのです。
この段階では、被告人側の弁護人による弾劾もなく、内部検討の結果・・・見とおし判断でしかないのです。
予審判事は、裁判所に公訴提起された事件を、受けつけた裁判所で正式な公判手続きに乗せるかどうかの予備審査する裁判所内の官職だったのでしょうか?
それとも公判前の審査機関ですから、検察庁内の官職だったのでしょうか?
現在でもアメリカや、イギリスでは、起訴不起訴を決める大陪審のない事件では、予備審問で起訴不起訴を決めるとも言われていますので、、制度上どちらでも有りうるのです。
そもそも、どの時点を起訴と言うかの定義の問題でもあるでしょう。
大陪審や予備審問官に持ち出した時点で起訴と言うのか、大陪審での正式裁判決定後を起訴と言うのかの言い方の違いです。
ただし、わが国では後に紹介するように、旧刑訴でも
     「公訴提起は検事これを行う」
となっていたのですから、予審判事に事件が来たときには、公訴提起後であることは間違いがないでしょう。



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