07/10/06

予審判事5と検察官13(弁護士会の綱紀・懲戒の手続1)

裁判所と検察の分離した現在の法体系からみれば、公判手続きに乗せるか否かするかの最終決定権者を、何故予審「判事」と訳したのか、今になると謎ですが、明治の初めには、そうした法体系ではなかったからでしょう。
治罪法制定(明治15年施行)の考えでは、刑事手続が、公訴する側(検察官=国家)と被告側との対等な争いを、中立の裁判所が裁くと言う図式ではなく、捜査から起訴へ、起訴から裁判で判決すると言う手続は一連の流れとして位置付けられていたのです。
そのために、公訴提起後も、裁判所は被告と検事を対等当事者として扱うのではなく、国家は後見的に更に補充証拠収集して検事の後押しをしていたのです。
ところで、これまで「事」とは長官の意であると書いて来ましたが、公訴提起を決める官職が「検事」と言う名称になったのは、公訴提起するか否かの判断も、公判後の有罪無罪の判断も、それぞれの節目に行う重要な国家意思の表明と言う位置付けだったからでしょう。
逮捕された被疑者にとっては、公訴されるのか無罪釈放(不起訴処分には、嫌疑不十分、だけでなく処分保留、起訴猶予の区分がありますが、これはまた別の機会に説明しましょう)になるのかは、とても重要なことですから、この段階の判断も重要な国家の判断であったことは相違ないでしょう。
段階的に見れば、起訴不起訴を決めるのも一種の司法作用であり、この処分が第一次判断(決)ともいえるのです。
少し唐突ですが、我々弁護士会の懲戒手続を紹介しますと、昔の刑事手続と同じで、誰それからの懲戒申立てがあると、先ず綱紀委員会で調査して決定します。
その決定は、懲戒相当または不相当の2種類です。
対立当事者構造ではなく進行は職権で進み、この綱紀委員会で不相当となれば、懲戒に付されることなく無事終了となり、懲戒相当となると正式な懲戒審議に付されます。
(ただし、懲戒申立て人は、日弁連に不服申し立てできます。)
刑事手続の場合、起訴されてしまうと無罪になる確率が低いのと同様に、綱紀委員会の慎重調査の結果、懲戒相当と決定された場合、懲戒委員会での審議で、懲戒不相当になる(覆る)事例は殆どないのです。
懲戒委員会も、職権で進行し対立構造では有りません。
このため起訴後は、対立構造に変更される刑事手続と違い、綱紀委員会の調査と懲戒委員会の審理は、担当委員が、入れ替わるだけで手続は殆ど変らないのです。
こうしてみると、綱紀委員会の調査は、起訴前の検察庁捜査の役割と似ていますが、結果的には、一種の第一審としての役割を果たしているとも言えます。
このように、治罪法制定のころには、裁判になっても捜査段階と手続構造が殆ど変らなかった時代には、一種の第1審と見る余地もあったのです。
何しろ事件の大多数が、微罪その他の不起訴処分になるのが我が国の習慣ですから、この段階での処分(テストで言えば、一次試験の結果発表のようなものです)の方が国民にとっては、重要な意味があるのです。
こう言う大事な判断を担当する官職だから、「検事」という名称にしたのでしょうか?
ただし、この段階の仕事をする官職(公訴官)が、「検察官」「検事」と言うのでは、言葉の意味から言っても似合いません。
むしろ、戦後予審判事の仕事をするようになった官職を、検察官と名づける方が間違いかもしれません。
昨年夏から検察官のコラムで紹介して来ましたが、日本では裁判の監視役として検察官が発達してきた歴史があるのです。
戦後の刑事訴訟法で、公訴官に変化したときに検察官と言う呼称を、改正すべきだったのです。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資