07/08/06

明治以降の刑事関係法の歴史6(旧刑法・治罪法1)(実体法と手続法)

ボワソナードは、既に参考にすべき西洋各国の法典も分っていたパリ大学の学者ですから、条文を考えるだけに、こんなに長い期間がかかる訳がありません。
日本の国情調査と・・・江戸時代からの判例集との整合性の研究に、時間をかけたのでしょう。
判例集である公事方御定め書きについては、「12/22/03刑罰の種類5「公事方御定書4」(財産刑)と刑法6)」前後10回ほどで連載しましたが、日本でも吉宗以来の長年にわたる先例集の集積があったのです。
そのうえに、こうした学問的な関係だけでなく現在同様に、日本国内の関係者に対する根回し・了解を得るのに、5年もの歳月がかかったと見るべきでしょう。
兎も角こうして出来上がって、明治13年の太政官布告36号で公示されたのが、旧刑法と言うものです。
1873年の改定律例までは、刑法(実体法)と刑事手続法が混然としていたようですが、ボワソナード刑法が出来たのと並行して手続法については治罪法も出来ました。
刑法は太政官布告第36号ですが、治罪法(明治13年7月17日太政官布告第37号)と連番で布告され、同時(明治15年です)に施行されたのです。
なお、公布は明治14年7月8日で

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刑法〈明治13年太政官布告第36号〉治罪法〈明治13年太政官布告第37号〉来明治十五年一月一日ヨリ施行候条此旨布告候事

とされたので、ここから手続法と実体法の分離が出来たのですが、ボワソナードが来日してからは、実体法と手続法の分離は唱えられていたでしょうから、これで関係者にとっては理想的な形態になったのです。
08/20/03「令状発行権者は、誰か?(憲法26)」で、「付属法」というものを少し説明しましたが、この機会に実体法と手続法の関係を説明しておきましょう。
実体法と言うのは、例えば、「人を殺したものは死刑にする」と言う法律が実体法で、その有罪無罪や量刑を決定する手続き(訴訟手続法がその例です)を定めた法律が手続法です。
民事で言えば、「物を借りたら返さねばならない」と言う法律が実体法で、「貸したものを返せ」と言う実現手続・・民事訴訟法が手続法です。
刑法や民法のように大きな法典では実体法と手続法が分離していますが、その他の法律では、むしろごっちゃになっているのが普通です。
開発行為その他行政関係法では、許認可が必要な条文の次に、その申請用件なども続けて規定されていることが多いのです。



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