07/02/06
内乱罪3( 刑法54) 予備・陰謀とは? 2(実行行為と不能犯1)
しかし、既に紹介したように、普通の人が酒飲み話で「今度政府を転覆しようか」と協議したくらいでは、内乱罪の陰謀にもなりません。
それなりの可能性のある準備行為・・兵員の手当て、いざとなれば直ぐに内乱を起こせるほどの兵員を動員できる人物同士の協議でなければ、「陰謀」したとは認定されないのです。
5人10人あるいは100人で、総理や政府要人多数の狙撃を計画しても、それは大掛かりな暗殺計画に過ぎず、内乱計画とはいいません。
計画目的自体が「・・その領土において国権を排除して権力を行使し・・・」(占領統治するだけの人員の準備が必要です)または「統治の基本秩序を壊乱」することを目的としなければならないのですが、それには、かなり大掛かりな装置・準備が必要です。
こうした準備のない空想的な計画だけでは、内乱の「陰謀」とは言えないのです。
ところで、実現可能性のない計画は、計画・謀議ともいえないとする点では、不能犯の論争と似ています。
不能犯とは、元々実現可能性が全くない・・・危険性も全くない行為を言います。
例えば、アメリカにいるブッシュ大統領を殺害するつもりで、アメリカに向けて千葉から鉄砲を発砲しても、殺人未遂にもなりません。
こうした全く可能性のない行為を不能犯と言いますが、結果的にこう言う行為は殺人の「実行行為といえない」と言うに帰するのです。
もしも実行行為といえれば、鉄砲の弾が命中しなかったとしても、未遂罪として処罰されるのです。
予備・陰謀段階は、犯罪実行以前ですから未遂以前の行為ですが、内乱罪の場合は大掛かりですので、予備や陰謀段階と言える程度の実行行為が必要になって来るのです。
それでは、単に犯罪の「実行行為」に当たらないと言えばいいのに、何故、不能犯という中間概念が発達したのでしょう。?
不能犯と言えば、良く引き合いに出されるのが、丑の刻参りなどに代表される呪詛行為の犯罪性です。
呪詛などは、近代合理主義精神から見れば殺人の可能性がないのですから、殺人罪の実行行為でもなく、結果的に未遂罪にもならないのではないか?と言う議論から不能犯と言う概念が始っているのです。
刑法が学問として自立し始めたのは、(経済学もその他の学問もそうですが)近代と前近代の境目の時期です。
罪刑法定主義の発達については、功利主義哲学に始まることを、04/20/06「功利主義とは?(罪刑法定主義1)」以下で紹介しました。
その先駆けをしたベッカリア(C.Beccaria: 1738-1794)は、18世紀の人ですし、功利主義哲学の完成者ベンサムは19世紀半ばの人です。
その後の1〜2世紀間は、丑の刻参りとか呪詛行為についても、まだまだ現実的な畏れを抱く人の方が多かったからでしょう。
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