07/31/05

検察官4(検察庁法1)

明治23年10月の旧々刑事訴訟法では、各裁判所に検事局を附置させることになるのですが、これは、現在の裁判所優位の現状から見ると、一見検事局が裁判所の1部局になっていたかのような誤解を生みます。
実は、そうではなくて当時は検事の方が、司法大臣(明治18年内閣制度発足後は、卿から大臣になっています)に直結して裁判の監視権を持っていたので、検事が常時監視できるための常駐体制にしたものだったのです。
前回コラムで書いたように、明治政権の権力機構が確立した後では、権力側で悪用する気になれば、権力側で都合悪ければ事前にチェックできるし、チェック洩れで間違って都合の悪い判決になっても後でいくらでも再審請求できたのです。
実際上世論の批判がありますので、そうした事例はないでしょうが、裁判所の自粛効果が大きかったでしょう。
これでは、司法・・裁判と言っても、徹頭徹尾時の政権に都合の悪い解釈や適用は制度上有り得ない仕組みになっていたのです。
中央集権化の進展につれて、検事は次第に、そのスパイ・監視機構として検「察」するための役割に変質していたとすらいえるです。
このように、検察官制度は悪く言えばときの政権・権力者の犬的役割になったのですから、政府に対して睨みを利かせる弾正台は、都合が悪くなったので廃止されたのでしょう。
ところで、検察官には副検事と検事、検事正、検事長 検事総長の4種類があるのですが、今でも「検察官」が彼らの総称です。
検事といわずに検「察」官と言う名称を残している検察庁法は、敗戦後アメリカの要求で形だけ民主化に応じたものの、国体の護持と同じで、裁判を監視する「本質的な精神・魂までは変えないぞ!」と言う意思表示だったのでしょうか?
これでは表向き法律が変わっても、精神は裁判の監視機構としての本質が、温存されたままというところでしょうか?
これまでも検察庁法は5回ほど紹介していますが、(サーチで見てください)今回は違った視点からです。

検察庁法
昭和22・4・16・法律 61号
第3条 検察官は、検事総長、次長検事、検事長、検事及び副検事とする。
 



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