07/24/05

明治4年ころからの地方組織3(群馬県の場合)

ここから地方府県の統合状態がどうであったかについてみておきましょう。
明治4年10〜11月までの状況です。

府県統合は以下のとおり原則国ごとにできるだけ統合しようとし、かつ、飛び地の解消に努力したのがこの時期の成果です。
方法は、各府県ごとに布告が出て、順次行われて行きます。
例えば群馬県の例です。

群馬県
 明治4年10月28日 (太陽暦:1871年12月10日) 明治4年太政官布告 第559今般上野国諸藩被廃更ニ群馬県被置候事
 但高崎ニ県庁ヲ被置候事
十月二十八日
          群馬県
今般上野国小幡伊勢崎前橋岩鼻高崎沼田安中七日市ノ八県ヲ廃シ更ニ其県ヲ被置同国利根吾妻勢多群馬碓氷那波甘楽佐位片岡多胡緑野十一郡管轄被 仰付候事
 但当分同国邑楽山田新田三郡之内並元県々管地他国ニ有之候分モ管轄可致事

上野国については、諸藩を廃止し、群馬県を被置(おかれ)候事となります。
そして他国に飛び地をもっている場合は「元県々管地他国ニ有之候分モ管轄可致事」として
従前通り管轄してよいとも書いています。
これは一斉の布告でないので、上野国を群馬県にしたときに他国の飛び地の権利を無くしてしまうと支配者のいない土地が生ずるのを防ぐためです。



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