07/20/05

藩の消滅4(廃藩置県4)

こんなわけで、版籍奉還した以上は知藩事なってもこれまでの領主とは違い雇われ人ですから、いきなり解職されても、ぐうの音もなかったのです。
それにしても事実上世襲を期待して進んで奉還したのに、(何代続くか分らないと覚悟していたでしょうが、)わずか2年と一ヶ月では、ひどすぎませんかと言うところです。
徳川家が関が原で勝ったからと言って、あるいは大坂の陣が終わったからと言って、わずか2〜3年で味方した大名を一斉に切り捨てた訳ではありません。
地方企業が、大手と提携して、そのうち子会社化し、大手企業の地方販社社長や営業所長になることがよくありますが、そのうちいつの間にか本社派遣の社員に入れ替えられるのと同じで、歴史は繰り返しているのです。
ただし、現在社会では、こんな短期間ではなく、なが〜い時間をかけて入れ替えていくのが普通です。
そうでないと、「ひどいよ!」と裁判になるでしょう。
納得しなければ兵をあげるしかないのですが、この廃藩置県では、従来の知事(殿様)だけが解職されて、副知事に当たる大参事(元の家老)以下は当分(御沙汰候迄)そのままというのですから、家来達は何の損もないので、誰も同調しません。 

明治4年7月14日 (太陽暦1871年8月29日)明治4年太政官布告 第354
今般藩ヲ廃シ県ヲ被置候ニ付テハ追テ 御沙汰候迄大参事以下是迄通事務取扱可致事

01/27/04「赤穂浪士は何のために結集したか?(忠臣蔵3)」のコラムでも書きましたが、弟大学が家督を承継できていたら討ち入りはなかったのです。
彼ら家臣団の失業が、大事件になっただけです。
政府は、武装蜂起にならないように藩主一人だけ無能呼ばわりで「免官」するしたたかですが、(大久保は嫌われるわけです。)それだけに殿様連は納得できず、憤懣やるかたなかったのです。



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