07/08/05
救急弁護士の組織化3(配給制の弊害1)
そのうえ、こうした事件受任のとっかかりが蔓延していくと、事件処理能力・人権擁護よりも、まめに動くかどうか・早いかどうかだけが、受任可能の基準になって行きます。
そうなるとヒマな順に早く動ける論理ですから、長い循環過程では、受任事件数が全弁護士間で平準化して行くことになるのです。
これはこれで、平等でいいじゃあないかと思う方がいるでしょうが、これでは、共産主義国家経済の焼き直しみたいで、個人的努力のインセンチブがなくなる危険性があります。
これが、自由競争の結果なら「それも市場経済だからいいじゃあないの!」というところですが、個人の自由競争が阻害された状況で、弁護士会という公的機関が、一律サービスでやるのは社会にとってプラスかマイナスかと言う疑問なのです。
この前の総会でもある会員から「膨大な費用をかけて継続する意義があるのか?」という疑問が呈されていました。
この会員の発言は、当番で行ってみると「愛人に連絡してくれ」「犬に餌をやってくれ」などの類ばかりで、濫用されているからと言うものでした。
ま、私の経験でも、まともな刑事の相談というよりは、「ただ(無償)だから取りあえず来てもらったけど・・特に聞きたいことはない」とか、忙しい中を行ってみると(人をばかにしたような)がっかりする事例の方が多いのです。
医療保険の乱診乱療と同じで、無償給付だとそういう人が増えてくるのです。
そうした需要でもなんでも、(取引先に連絡してくれなどは、本来の刑事弁護とは関係ないことですが・・・)当事者にとっては切実な問題の場合であることは同じでしょう。
「高みからみて、要不要を決めるのは、行きすぎかもしれないなあ」と言う感想で聞いていました。
全面的に個人責任に任せると、人権擁護上必要な人までお金がないために弁護士へのアクセスのできない人にとっては由々しき問題でしょう。
こうした階層への最低保障は必要ですし、即応の必要な事件も1000に一つはあるかもしれません。
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